天野先生の「青色LEDの世界」

天野先生の「青色LEDの世界」

著者 福田大展(ふくだ・ひろのぶ)
著者 天野浩(あまの・ひろし)

光る原理から最先端応用技術まで

プロローグ

▼LEDの心臓部には「結晶」がある
 「アナタガタハ、モンゴルノ、デントウブンカヲ、マモッテクレタ」
 モンゴルの教育・科学大臣が先日、私の研究室を訪ねて来たときにそうおっしゃったのです。
 どういうことかと尋ねると、モンゴルでは今でも多くの人が遊牧民として暮らしているのだそうです。「このまま伝統文化を守っていきたいが、夜になると明かりがないので、子どもたちは勉強ができなくなってしまう」と、教育上の問題に悩んでいました。しかし、今はLEDとバッテリー、太陽電池を組み合わせたランタンが、移動式住居のゲルの中を照らしているらしいのです。大臣はものすごく喜んでいました。
 自分が知らないところで、そんなふうにLEDの技術が普及していたとはうれしかった。と同時に、「より多くの人に使ってもらうには、もっと安く作れるようにしなくてはいけない」と強く思いました。
 皆さんのまわりで光っているものを探してみてください。もしかしたら、それもLEDの光かもしれません。私たちの身の回りは今、たくさんのLEDであふれています。たとえば、家や仕事場での照明。外に目を向けると、信号機や駅の電光掲示板は、LEDによって昔よりも鮮やかに見えるようになりました。
 その他にも、スマホの液晶画面を明るくするバックライトや、脱臭ができる空気清浄機の中の光触媒の技術など、最新の電化製品にも詰まっています。さらに、実用的な光だけでなく、クリスマスのイルミネーションや東京スカイツリーのライトアップなど、私たちの心を癒やすための光にも使われています。LEDは少ないエネルギーで明るく光り、省エネに貢献できるため、一気に幅広く使われるようになりました。
 そんなLEDの中を詳しくのぞいてみると、光を発する心臓部には「結晶」が入っています。結晶とは、原子や分子が繰り返しのパターンを持って規則正しく並んでいる物質のことです。
 ある寒い冬の日、空から舞い降りてきてセーターの上に乗っかった雪を眺めると、六角形に見えたことがあるかもしれません。水の分子が、自然の法則にしたがってきれいに並んでいるために、このような幾何学的な美しさが現れます。こうした雪の結晶も立派な結晶のひとつです。
 青色LEDの中には、窒素(N)とガリウム(Ga)の原子が規則正しく並んだ「窒化ガリウム(GaN)」と呼ばれる結晶が入っています。じつはこの窒化ガリウムは、きれいな結晶を安定して作ることが難しく、電気的な性質をきちんと制御できなかったため、1980年代までは多くの研究者から避けられていました。しかし、今では窒化ガリウムのきれいな結晶を安定して作れるようになり、そのことが青色LEDを実現させるためのブレイクスルーのひとつになったのです。


▼LEDだけではない、「窒化ガリウム」の持つ可能性
 2014年のノーベル物理学賞では、青色LEDの発明に対して賞が贈られ、「21世紀を照らす明かり」として脚光を浴びました。しかし、青色LEDに詰まっている窒化ガリウムの結晶は、まだまだ潜在能力を秘めた材料なのです。
 じつは、LEDの中にある結晶には半導体が使われており、この半導体の仕組みが光る鍵を握っているのです。半導体の歴史を簡単に振り返ってみましょう。最初にゲルマニウム(Ge)研究が進み、シリコン(Si)がそれに続きました。その後、ガリウムヒ素(GaAs)やガリウムリン(GaP)などのような材料が開発されます。この4つの半導体の登場する順番は、じつは後ほど詳しく説明する「バンドギャップ」が小さなものから大きなものへと並んでいます。バンドギャップが大きな結晶は、原子どうしの結合が強いので高い温度で結晶を作る必要があります。そのため、昔は作るのが難しくできませんでした。しかし、結晶成長の技術の向上にともなって、徐々にバンドギャップの大きな結晶も、きれいにできるようになってきました。
 私が学部の卒業研究生のころからずっと取り組んできた「窒化ガリウム」の一番の強みは、「バンドギャップが大きい」ということです。バンドギャップが大きいと、より大きな電圧に耐えられたり、より短い波長の光を生み出したりすることができます。この特徴を生かせば、窒化ガリウムは既存のLEDだけでなく、ほかにもさまざまなデバイスに応用できます。たとえば、冷蔵庫やエアコンの中に使われているコンプレッサーなどの「パワー半導体」や、紫外線の中でもとくに波長が短い領域の深紫外線の光を放つLEDやレーザー、これまでは利用できなかった波長の太陽光も活用できる「窒化物太陽電池」などです。


▼エネルギー問題や水問題への貢献
 私はこれから、窒化ガリウムを使って2つの分野に貢献したいと考えています。
 ひとつは「水問題」です。国連児童基金(ユニセフ)の調査によると、地球上にはきれいな飲み水にアクセスできない人が6億6000万人もいます。さらに、トイレや風呂などの水を得られない人に至っては、24億人にのぼるようです。この人たちに、深紫外線LEDの光でバクテリアやウイルスを死滅させる「水の浄化装置」を使ってもらいたいと考えています。実際、乾電池や太陽電池ほどの電力で動かせるものが、もうすぐ実用化されようとしています。あとは、いかに安く作るかという量産の技術が大切になります。
 もうひとつは「エネルギー問題」です。日本はもうあまりGDPが伸びないから、電力の消費量はせいぜい横ばいか、あるいは下がっていくでしょう。しかし、世界に目を向けると、中国やインドなどのGDPが急速に伸びている国は、もっと電力が必要になってきます。
 国際エネルギー機関(IEA)の調査によると、2020年くらいに世界の電力の供給量がGDPの伸びに対して追いつかなくなると言われています。要するに、世界で電気が足りなくなるのではないかということです。そこで登場するのが、窒化ガリウムを使ったパワー半導体です。
 窒化ガリウム半導体は、現在広く使われているシリコンに比べて、電流を流したときの損失を10分の1に抑えることができます。今、名古屋大学ではこんな試算をしています。LED照明による省エネ効果と、このパワー半導体による電力損失を小さくする効果を合わせると、日本の消費電力の16パーセントほどを省エネできると考えています。福島第一原発事故より前は、原発が日本の電力供給の3割ほどを占めていたので、その半分くらいになります。
 電力が足りなくなるといわれている2020年といえば、東京オリンピックが開かれる年です。そのときに、非常に効率の高いLED照明と、パワー半導体を用いたシステムを提供したい。そのシステムを世界の皆さんに使ってもらいたい、というのが今描いている目標です。「窒化ガリウム」が切り拓く未来とはどのようなものなのか。この本で読者の皆さんと一緒に考えたいと思います。

著者 福田大展(ふくだ・ひろのぶ)

一九八三年、福井県生まれ。サイエンスライター、日本科学未来館科学コミュニケーター。東北大学金属材料研究所で太陽電池用の高品質な多結晶シリコンを作る研究に携わり、東北大学大学院理学研究科修了、修士(物理学)。中日新聞(東京新聞)記者を経て現職。記者時代は浜岡原発や地震防災などの取材を行った。

著者 天野浩(あまの・ひろし)

一九六〇年、静岡県生まれ。名古屋大学教授。工学博士。八三年、名古屋大学工学部卒業、八八年、名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程単位取得満期退学。名古屋大学工学部助手、名城大学理工学部教授を経て現職。学部生時代から赤﨑研究室に所属し、以降一貫して青色LEDの開発に取り組む。二〇一四年、青色LEDを発明した業績に対し、赤﨑勇博士、中村修二博士とともにノーベル物理学賞を受賞。同年文化勲章受章。

[B1932]

天野先生の「青色LEDの世界」 光る原理から最先端応用技術まで

著:天野浩,
著:福田大展

今や「照明」だけでなく、電力ロスを1/10に減らすパワー半導体など応用が広がる青色LEDの世界を、ノーベル賞受賞者が豊富な図解で解説します。

定価 : 本体860円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257932-2

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