研究者としてうまくやっていくには

研究者としてうまくやっていくには

著者 長谷川修司(はせがわ・しゅうじ)

組織の力を研究に活かす

 はじめに

研究者は「奇人変人」なのか?

 私は物理学関連の研究者ですが、物理学の分野に限らず「研究者」というと、だいたい次のようなイメージを一般の人はお持ちではないでしょうか。

① 研究者は、天才物理学者アインシュタインや映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくる科学者「ドク」のように、髪はボサボサでヨレヨレの服を着て、見るからに普通の人とはちょっと違う「奇人変人」。

② 研究者は、多くが大学教授や学者、研究所の研究員で、とても頭の良い人だけがなる特別な職業。

③ 研究者は、研究室や実験室に閉じこもってひとり黙々と研究に没頭し、自分の専門分野のことは世界一良く知っているが、世間一般の事情にはまったく疎く、世間話などしないし興味もない。理屈っぽく、筋が通らなければほんのささいなことでも噛みついてくるような、バランスの悪い人間。

 こういったイメージは、実のところ、大きく外れています。まず①について、私の周りを見ても確かに身なりに気を使わない研究者は多く、決してダンディとかエレガントといえる人が多くないのは当たっていますが、それでも「普通」の範囲を出ていないと思います。

 ②について、これも勝手に誤解されているようです。確かに中高校生の時には数学や理科がめっぽうできたという人は多いようですが、反対に国語や社会がまったくダメだったという人がほとんどです(少なくとも私の周辺の理工系の研究者たちは)。現代では、大学教員に限らず、企業の研究所や研究開発部、国立の研究所(今は独立行政法人になっていますが)などでたくさんの研究者が働いています。研究職は特別な能力を持った人たちがつく特殊な職業ではありません。

 ③は、実際、私も親類や知人からそのようなイメージで語られることがよくあります。国文科卒の私の妻など、私と何を話したらいいのかわからず、恐る恐る私とのお見合いの場に来たと言っていました。しかし、このとおり結婚していますので、このイメージは当たっていません。

 私は、大学だけでなく企業の研究所にも所属した経験があり、物理学関連の研究者としておよそ30年間やってきました。その間、内外のたくさんの研究者と付き合ってきましたが、研究者に対して一般の人が抱くであろう①?③のようなイメージは当てはまらないと断言できます。

 本書は、こうした誤解を解いて、高校生や大学生、大学院生のみなさんに、怖がらずに安心して研究者を目指してもらいたいという思いをこめて書いています。

研究者としてうまくやっていく社会性

 ③のイメージとは逆に、研究者といえども普通の職業の一つですので、研究者以外の社会人と同じように一般的な常識や教養が求められます。研究者だからといって、非常識な格好や振る舞いが許されるのは映画やテレビドラマだけの話です。研究者以外の人とうまくコミュニケーションがとれなかったり、自分の専門分野のことしか語れなかったりというのでは社会人として失格です。また、外国の研究者と付き合うには、自分の国の歴史や自然、食べ物、教育システム、政治のことなどを普通に話せる必要があります(英語力のことを言っているのではありません)。ちなみに、今、国際会議のためにポーランドに滞在してこの原稿を書いているのですが(2015年6月現在)、「中国や韓国との間にあるsmall islands は今どうなっているんだ? こっちでは最近報道がないんだよ」とポーランドの研究者に食事時に聞かれました。

 このような「研究以外」の常識的なことが(一般の社会人と同じように)研究者にとっても非常に重要です。なのに、研究者を目指す学生たちには意外とその認識がないことを、長年学生たちと接してきて感じています。研究者といえども社会のルールを守る「良き市民」でなければなりません。常識を欠き、「良き市民」から逸脱した研究者ほど、研究不正やアカデミックハラスメント、パワーハラスメントなどの問題行動に手を染めがちではないでしょうか。

 ですので、研究者になり、うまくやっていくために必要な「研究以外」のノウハウやスキル、お作法を伝授したいと思い、本書を書き始めました。「うまくやっていく」とは、たとえば、

・自分が所属する研究グループの中で先輩や後輩とうまくやっていく

・学会などの研究者コミュニティの中でそれなりの存在感を示しながらうまくやっていく

・研究成果を専門知識のない一般市民や中高生に発信して信頼を得る

・後進を指導しながらうまく育てていく

などです。それぞれの場面や立場でうまくやっていくには、ある種のノウハウが必要です。

 研究は独力で進展するものではありません。実験研究や製品の開発研究では共同研究者たちと一緒に研究したり、チームを作ってシステマティックに進めたりします。ひとり黙々と頭の中で考える理論研究でさえ、他の研究者と多面的な議論をすることは研究を深化させるのに役立ちます。理論家と実験家のコラボがとても重要で、その成果の論文が高く評価されます。

 どんな種類の研究でも、指導者、助言者、先輩、同僚、共同研究者、後輩、部下、学生、ときには競争相手などとの付き合いは不可欠です。その良否が研究の成否を決めると言っても過言ではありません。

 また、研究費を獲得するには、専門の違う審査員にアピールするような申請書を書いたりプレゼンしたりする必要があります。研究者に限らず他の職業でも一般に言われているように、大雑把に言えば「コミュニケーション力」と「プレゼンテーション力」という言葉で括られるスキルが、研究そのもののスキル以外に、大変重要です。

 しかも、研究者としてキャリアを積んでいく過程で、少しずつ異なる視点が必要になってきます。つまり、

・大学の学部の学生、そして駆け出しの研究者である大学院生のとき――第1~3章

・若手研究者と言われるポスドク・助教レベルのとき――第4章

・独立して自分の研究グループを持った准教授やグループリーダーレベルのとき――第5章

・大学教授あるいは研究所で大グループを率いる大ボスのレベルになったとき――同章

と各段階、それぞれの立場で考えるべき注意点やノウハウが異なるのです。そのようなノウハウ不足のために、大小はともかく、それぞれの段階でトラブルが発生するのを見聞きしています。

「人間的な」要素の重要さ――一つの仮想ケースから

 たとえば、次のような一つの仮想ケースを考えましょう。このようなトラブルは大学の研究室ではときどき起こるものです。

 大学院博士課程の最終学年のA君は、自分が今までやってきた実験の成果をまとめれば博士論文として合格すると思って、博士論文の骨格を研究室のミーティングで発表しました。すると、指導教員のB教授は、

「まだ不完全な成果なので、この状態で博士論文を提出するのは恥ずかしい。追加実験をやってメインポイントをもっと確実なものにするべきだ」

と主張します。しかし、博士論文提出締め切りが迫っているので、追加実験をやっている時間はもうありません。A君は博士課程を修了したあと、4月から、ある研究所の研究員としての就職が決まっているので、博士論文の完成を遅らせるわけにはいかないのです。悩んだ末、A君は所属研究室の助教C博士に相談します。このような状況で、A君はどう振る舞い、C博士はどのような助言をしたらいいのでしょうか。その数日後、A君とC博士が連れ立ってB教授の部屋に相談に来たとき、B教授はどう判断したらいいのでしょうか。

 もちろん、このような場面で唯一の正解などありません。この状況でどう対応するか、教授か助教か学生か、立場の違いによって、また、それぞれの思惑もあり、意見が異なるのは当然です。研究者には、研究そのものに関すること以外に、このような「人間的な」要素が常に付きまとってきます。そのようなことに関して大学院生や研究者はもっと気を使うべきだ、という思いを抱いたのが、本書を書いた動機です。

 ですので、本書では、ノーベル賞級の独創的な研究やインパクトのある研究をするにはどうしたらいいかといった話は出てきません。そのことは、たくさんの類書がありますので、そちらを参照してください。本書では、研究者が必要とする、もっと現実的な処世術やお作法のようなことがらを述べています。

トラブル回避のカギは密なコミュニケーション

 上述の仮想ケースについて私がアドバイスできるとしたら(ただちに問題を解決できるわけではありませんが)、このような状況になってしまわないように日頃からうまく行動することが重要だということです。

 つまり、A君はこまめにB教授に研究の進展を報告し相談に乗ってもらうことで、B教授を自分の博士論文のいわば「共犯者」にしながら研究を進めるべきだったのです。ここで「共犯者」と言ったのは、密に議論して研究を進めている共同研究者という意味合いです。「共犯者」ならA君の研究の不完全さを非難できないことになります。自分にもその責任の一端がある、とB教授が感じるような状況にはじめからしてしまえばしめたものです。まさに、世に言う「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)が研究の場でも重要です。

 B教授のほうも、常日頃から学生と密にコンタクトをとる努力をして、学生が気軽に相談に来て研究の進展を一緒に考えられるような研究室の雰囲気作りをする必要があったのです。

 C助教は、そのようなコミュニケーションの潤滑剤の役割を演じることもできたでしょうし、あるいは、A君とB教授の「研究連合軍」に対して理性的に批判する「鋭いレフェリー」の役割を演じることもできたでしょう。

 しかし、ここでよく勘違いされるのですが、上述のように、A君がB教授やC助教とともに密に共同研究しながら書いた博士論文は「A君の博士論文」と言えるのか、と疑問視されることがあります。この心配は無用です。教授や助教のアドバイスを受けながらA君が主体的に研究を進めていれば、何の問題もありません。A君の立派な業績になります。逆に、指導教員や研究室の先輩とまったく独立に博士論文を仕上げるなどという状況は、普通ではありえません。

 それどころか、私の経験と観察によると、学生が密に指導者や共同研究者と議論しながら研究

を進めている雰囲気の研究室でこそ、実りある成果が次々と出てくるし、優れた若手研究者が育っていくものです。実は、このような互いの気配りと役割分担は、優秀な研究室では当たり前のように行われているはずです。ですので、現在、活躍している研究者や研究室のボスが本書を読むと「当たり前のことしか書いていない」と思うでしょうが、高校生や大学生、あるいは一般の方が読むと、「なるほど、研究者はこんなことにも気を使っているのか」と新鮮さを感じるのではないでしょうか。

研究者は魅力あふれる職業

 研究者とは、おそらく、数ある職業のうちで最も魅力的な職業の一つと思います。今まで誰も知らなかったことを発見したり、新しい概念を考え出したり、新しいものを発明したり、常に「前人未到」のことを目指していますので、毎日がワクワク感いっぱいです。まさにクリエイティブな仕事です。

 大学院入試の願書提出時期になると、どの専門分野に進んだらいいのかと「迷える子羊」の顔をした学部4年生が、何人も研究室を見学に来ます。私は、私自身の専門分野の魅力を伝えるとともに、他の分野も同じように魅力的であること、広くいろいろな分野を調べてみるのが好ましいこと、そして一般に研究者はとても魅力的な職業であることなどを学生に話します。専門分野を決めるのは学生にとって重要な「人生の岐路」ですが、どの分野に進んでも、研究は楽しいはずです。

 しかし、研究には、同時にそれなりに厳しいものがあります。夢や憧れで専門分野を選択するのはいいことですが、それぞれの専門分野で研究者としてうまく生き抜いていくためには、研究内容以外に、ある程度のスキル、ノウハウ、基本的な態度・考え方を知っている必要があります。たぶん、それらは分野や所属機関によらない一般的なことだと思うのです。

 本書では、私の専門のため、理工系の分野での経験をもとにしています。本書でいう「研究者」とは、所属機関にかかわらず理工系の研究者をイメージしています。しかし、本書の記述には人文・社会科学系の研究者にあてはまる部分も多いのではないでしょうか。研究者を目指す学生諸君、あるいは、すでに研究者としてキャリアを歩み始めた若手諸君、さらには中堅研究者にも参考になることでしょう。

著者 長谷川修司(はせがわ・しゅうじ)

1960年栃木県に生まれる。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。理学博士。日立製作所基礎研究所研究員、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻助手、同助教授、同准教授を経て、現在、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。専門は表面物理学、とくに固体表面およびナノスケール構造の物性。著書に『見えないものをみる ナノワールドと量子力学』(東京大学出版会)、『振動・波動』(講談社)などがある。

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研究者としてうまくやっていくには 組織の力を研究に活かす

著:長谷川 修司

あなたのボスは何を評価しているのか? 日頃の研究生活から論文、発表、さらに予算獲得まで、研究者人生成功の極意を東大教授が語る。

定価 : 本体900円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257951-3

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