マンガ 現代物理学を築いた巨人 ニールス・ボーアの量子論

マンガ 現代物理学を築いた巨人 ニールス・ボーアの量子論

原作者 Jim Ottaviani(ジム・オッタヴィアニ)
漫画 Leland Purvis(リーランド・パーヴィス)
訳者 今枝麻子(いまえだ・あさこ)
訳者 園田英徳(そのだ・ひでのり)

訳者あとがき

 ニールス・ボーアは20世紀前半、量子力学の創始・発展・確立に指導的な役割を果たしたデンマークの理論物理学者である。アインシュタインは6歳年上、ハイゼンベルクは16歳年下になる。有名な科学者の多くがそうであるように、ボーアも若くして革新的な仕事をなしとげた。ただ、ボーアが他の科学者と違っていたところは、量子力学という生まれたばかりの分野をきりひらくリーダーとして、若いうちから研究所を設立する機会に恵まれたことである。ボーアの研究所には、ハイゼンベルクを始め、まさに「綺羅星のごとく」という形容がぴったりの数々の才能が集まった。ボーアの仕事上での革新性、優れた直感の方向性の正しさは、彼個人の仕事にだけでなく、共同で仕事をした多くの若手研究者の成果となってあらわれた。研究所は自由な雰囲気に満ちれ、若手に兄貴分と慕われた彼については、数々のおもしろい逸話が残されている。本書にもその多くが取り入れられており、人間味あふれる個性的なボーアがくっきりと忘れがたい印象を残している。
 
 このグラフィック・ノヴェルは、『マンガ はじめましてファインマン先生』(ブルーバックス)で知られたジム・オッタヴィアニの作である。マンガという読みやすい形式に加え、ボーアの人となりや時代背景のおかげで、物理にとくに興味のない読者にも十分楽しめる作品になっていると思う。物理や物理学者に興味があれば、いっそう楽しく読める。高校生でも、この本を読めば原子模型や核分裂のしくみはもちろんのこと、けっこう不確定性原理まで学んでしまえるのではないかと思うほど、物理の説明がうまく書かれている。また、量子力学という、一般にはなじみの薄い物理の一分野が、20世紀の歴史にどれほど直接的にかかわっているか(いちばんわかりやすい例は核兵器)、また、どれほど私たちの世界観に影響を与えているか、この本は驚きとともに再認識させてくれる。
 
「量子」の概念は1900年にマックス・プランクが初めて導入したが、その発展の初期に最も貢献したのは、ほかならぬアインシュタインである。アインシュタインの有名な仕事は相対論や重力論だが、1921年にノーベル賞を取ったのは光の粒子説に対してであり、その翌年の22年には、ボーアが原子模型の業績でノーベル賞を取った。ボーアとアインシュタインの交流は、そのまま量子力学の発展の歴史と重なり、この本を貫く重要なテーマになっている。この20 世紀を代表する二人の物理学者のうち、世界中の人が知っているアインシュタインに比べるとニールス・ボーアの知名度は低く、その仕事の意義が広く知られていないのは残念なことである。アインシュタインが量子力学への扉を開きながら、最終的には古典物理の範疇にとどまったのに対し、ボーアはまったく未知の量子力学の世界を積極的に模索し、直感と大胆な方法論で突破口を開いたのだ。
 その後、量子力学は多くの研究者の力で確立され、盛んになり、洗練されてきた。現在から振り返ると、ボーアの仕事はそれを受け継ぎ発展させた後輩たちの仕事の下に埋もれてしまったように感じられる。だが、もっとも困難な過渡期の基礎的な仕事をボーアがなしとげたからこそ、その後のはなばなしい発展があったのである。身近な例では、ボーアの原子模型は、今でも原子軌道の大きさや電子エネルギーの目安を与えてくれる非常に便利なものだが、高校物理の教科書の最後に出ているせいか、授業であまり取り上げられないようだし、大学の物理の授業でも、最近の量子力学の発展については学んでも、ボーアの論文を読むところまではらないことが多い。ひとつの新しい分野をきりひらいたボーアの模索のプロセスから学び、その業績を改めて見直すことは、今、とても意義深いことだと思う。
 
 翻訳は、全体を通してまず今枝が訳し、そのあとで園田が主に物理に関する記述をチェックして進めていった。本書はあくまでニールス・ボーアの伝記的グラフィック・ノヴェルであって、物理の教科書ではないので、原著の物理の記述にはあえて手を加えず、作者の意図どおり、おもしろいストーリーとして読んでもらえるよう心がけた。原作の題名は『Suspended in Language』で、直訳すると「言葉のなかに宙づりになって」となる。説明抜きでは少々わかりにくい言葉なので、本書の題名としては使われないことになったが、この言葉は本編13章の終わりにでてくる。ボーアがキルケゴールの文章に想を得て、言語(思考)の曖昧さをどのように考察していたかを説明している場面だ。ボーアの解釈は量子力学者らしい独特なもので、リーマン面までもちだして、とても文系的な問題にも科学的な知性で取り組んでいるのが興味深い。最後になるが、編集にあたってくれた講談社ブルーバックスの小澤久さんに感謝したい。小澤さんには、翻訳の提案をしていただいたばかりか、編集の段階で大変お世話になった。

原作者 Jim Ottaviani(ジム・オッタヴィアニ)

科学関係のマンガ作家。ミシガン州アナーバー市在住。

漫画 Leland Purvis(リーランド・パーヴィス)

マンガ家。二〇〇〇年、Xeric賞受賞。

訳者 今枝麻子(いまえだ・あさこ)

一九六六年、兵庫県生まれ。翻訳家。米国ペンシルヴァニア州立大学比較文学科にて修士号取得。訳書に『ファイル 秘密警察 とぼくの同時代史』(T・ガートン・アッシュ著 みすず書房)がある。

訳者 園田英徳(そのだ・ひでのり)

一九五八年、東京生まれ。カリフォルニア工科大学でPh.D.を取得。現在、神戸大学大学院理学研究科物理学専攻准教授。専門は素粒子理論。訳書に『物理がわかる実例計算101選』(ブルーバックス)、著書に『今度こそわかる素粒子の標準模型』(講談社)など。

連載読み物

ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

〔フローレス篇〕第3回 予想外の人類を研究する。

文 川端裕人

本当に新種の人類なのか?  予想もしない場所に、予想もしない人類がいたことがわかっ...

2017/06/20

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