光と電磁気 ファラデーとマクスウェルが考えたこと

光と電磁気 ファラデーとマクスウェルが考えたこと

著者 小山慶太(こやま・けいた)

電場とは何か? 磁場とは何か?

はじめに

 物理学という学問の特徴は、実験と理論が研究方法として明確に分業化されており、この二つを車の両輪として発展してきたことにある。分業化の結果、実験が事実を語る証拠を導き出し、理論がその解釈を下すという相互作用によって、物理学は諸科学の中でも際立って高い観客性、普遍性を手にしたのである。

 こうした視点で歴史を眺めてみると、その典型、好例としてすぐに思い浮かぶのが、電磁気学の確立であろう。というのも、ニュートン力学と共に古典物理学の基盤を成すこの一大領域は、一九世紀、希代の一人の実験家と希代の一人の理論家の連係プレーを中心に体系化されたからである。ここで、実験家とは真理を嗅ぎつける天賦の才を称えられたファラデー、そして理論家とは数学の練達の士として知られたマクスウェルである。

 そこで、本書では一九世紀を代表する二人の科学者を主人公に据え、電磁気学を軸にしてこの時代、前線を一気に拡大していった物理学の歩みをたどってみようと思う。

 ところで、ファラデーとマクスウェルは実験家と理論家という対照的な役割を担っただけでなく、そうなるに至った出自、生い立ち、学歴を見ても、ことごとく対照的な人生を送ったことがわかる。

 ファラデーは貧しい鍛冶職人の家に生まれ、満足な学校教育を受けることもなく、一三歳でロンドンの製本屋に奉公に出されるという厳しい境遇に身を置いていた。それでも生来の旺盛な知的好奇心に駆られ独学をつづけ、幸運な偶然から、王立研究所の花形教授デイヴィーの助手に採用されたのを契機に、科学者としての道を歩み始めたのである。

 したがって、数学を修得する機会に恵まれなかったファラデーであるが、そうしたハンディキャップを天性の実験センスで克服し、当時、まだまだ未開拓の段階にあった電磁気学や放電現象、光学、化学などの分野に数々の金字塔を打ち立てていった。その意味で、ファラデーは高等教育を受けなかった最後の大科学者といえそうである。実際、ファラデーの論文には数学がまったく使われていない。

 これに対し、マクスウェルはファラデーが四〇歳で電磁誘導を発見した一八三一年、スコットランドの大地主の跡取りとして生まれた有産階級の出であり、ケンブリッジ大学を卒業した絵に描いたようなエリートである。そして、一〇代前半で早くも数学の論文をエジンバラ王立協会で発表、ケンブリッジでは数学の優等生試験で名を馳せた異能のもち主であった。

 マクスウェルの数学の才は天文学、熱力学、統計力学などで発揮され、さらに、真理を嗅ぎつける特異な能力を使ってファラデーが発見した実験事実を数学の言葉で表現し、電磁気学をニュートン力学と並ぶ理論体系にまとめあげたのである。

 こうして見てくると、実験と理論の歯車がみごとにかみ合い、ひとつの学問領域が形成されていく過程の背景には、二人の天才が育った対照的な環境がかかわっていたことがわかる。

 彼らを取り巻く環境といえば、ファラデーが生涯を通し生活、研究の拠点としたロンドンの王立研究所と、マクスウェルがその草創期に所長をつとめたケンブリッジのキャヴェンディッシュ研究所の存在にも興味を引かれる。王立研究所は科学の啓蒙活動にも力を入れ、ファラデーの「ロウソクの科学」で有名なクリスマス講演の伝統はいまも、BBC放送を通して脈々と受け継がれている。一方、マクスウェルが研究体制の強化をまかされたキャヴェンディッシュ研究所は、二〇世紀に二九人ものノーベル賞受賞者を輩出する名門機関へと成長した。

 一九世紀の科学史を飾った二人の天才の精神は二一世紀の現代も、それぞれゆかりの研究所に脈打っているのである。

 もうひとつ時代を超えた彼らの貢献に触れるとすれば、電磁気学が完成されたからこそ、一九〇五年、アインシュタインが特殊相対性理論を提唱するに至ったことである。往々にして、相対論を論じるとき、対置する対象としてニュートン力学だけに目が向きがちであるが、電磁気学なくして、この革新的な現代物理学の理論は生まれなかったといえる。

 それではこの辺で、以上述べた観点に注目しながら、二人の大科学者が実験家、理論家としてそれぞれの役割を果たしながら、今日につながる物理学を構築していく姿を、彼らの原著、手紙、日誌などにもとづいて見ていくことにしよう。

著者 小山慶太(こやま・けいた)

一九四八年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。理学博士。早稲田大学社会科学総合学術院教授(科学史)。著書に『入門 現代物理学』『科学史年表』(共に、 中公新書)、『若き物理学徒たちのケンブリッジ』(新潮文庫)、『ノーベル賞でたどる物理の歴史』(丸善出版)、『マンガおはなし物理学史』(原作、ブ ルーバックス)、『光と重力 ニュートンとアインシュタインが考えたこと』(ブルーバックス)などがある。

[B1982]

光と電磁気 ファラデーとマクスウェルが考えたこと 電場とは何か? 磁場とは何か?

小山慶太

実験の天才ファラデーと理論の天才マクスウェル。二人の科学者が車の両輪となり電磁気学を完成させるまでの歴史に迫る。

定価 : 本体980円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257982-7

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