地学ノススメ

地学ノススメ

鎌田浩毅(かまた・ひろき)

「日本列島のいま」を知るために

はじめに

 地球は宇宙空間に浮かぶ一個の星です。そのことは誰でも知っています。では、その知識はどうやって得たのでしょうか。そもそも「地球」と言っても、地面が丸い球でできていることを実感することはできません。小学生でも知っている「地球は丸い」ことを証明するのは、それほど容易なことではないのです。

 二一世紀に生きる私たちは、おびただしい量の知識が集積した上で暮らしていますが、その一つ一つは、先人たちが大変な苦労を積み重ねて獲得した知識です。その「知」の歴史をたどることは、人類の活動そのものを知ることでもあるでしょう。しかも、知的好奇心を満たすだけではなく、私たちの住む地球がいかに特殊で、かけがえのないものであるかを認識することにもつながるのです。

 私は地学を専門とするようになって四〇年ほど経ちますが、その間に地球の不思議にたえず魅せられてきました。とくに、この二〇年は京都大学で学生と院生たちへ地学を教えながら、その面白さと生活上の有用性を説いてきました。講義では「人はいかに地球を認識してきたのか」という話が、初めて地学を学ぶ若者たちを惹きつける格好の材料でした。

 たとえば、人間の「自然を知りたい」という知的好奇心によって地学がどのように誕生したか、は大変おもしろいテーマです。さらに、四〇〇年前にデカルトによって自然科学の方法論が確立されて以来、科学者たちの努力によって驚くべき地球の姿がいかに明らかになったか、といった「教材」は、地学を最初に学ぶ上で最も興味深いアイテムのひとつでしょう。と同時に、今後の地球がどうなるかを占う未来予測にとっても非常に重要な知識なのです。

 こうした理由から、以前より私は京大での講義で「おもしろくてタメになる」というモットーを掲げながら、知識が学生たちの将来に役立つように工夫してきました。

 しかし残念ながら、京都大学のように研究を主目的とする大学の講義はあまりおもしろいものにはならず、学生たちの評判は決して高いものではありませんでした。私が担当する一・二年生向けの「地球科学入門」の講義も、ご多分に漏れず若者の興味を惹くものではありません。

 そこで私は、京大の講義がおもしろさと有用性を併せ持つものとなるように、二〇年ほど腐心してきました。その一つの試みが、縦書きの「新書」を教科書に使って講義を行うというものでした。

 通例、理系科目は数式が並んだ横書きの厚い教科書を使います。しかし私は、これでは初学者に興味をつなぐことは難しいと考えて、『富士山噴火―ハザードマップで読み解く「Xデー」』(講談社ブルーバックス)を執筆し、これを教科書として使いました。結果は上々で、閑古鳥が鳴いていた「地球科学入門」の講義は、立ち見が出るまでになりました。

 本書はこのときの経験を活かして、地学の素人の方々にもわかるように平易に、かつ身近な話題を用いて「地学の全体像」が理解できるように組み立てたものです。なぜこのような本を書こうと思ったかというと、講演会の質疑応答などを通じて、「地学とはどういう学問なのか」が一般社会ではよく知られていないことに気づいたからです。そもそも「地学とは何か」を解き明かすベーシックな本が、世の中になかったのです。

 地学は「地を学ぶ」と書き、われわれ人類が生きている基盤を学習する学問です。具体的には、硬い岩盤のある地球(固体地球と呼びます)、水や空気が流れている海洋と大気(流体地球と呼びます)がどうしてできたのかを明らかにします。さらに、固体地球や流体地球を取り囲む太陽系の成り立ちを考え、太陽系から銀河系、宇宙へと領域を広げていきます。

 それらのすべては、人類の「生存の基盤」を知ることと結びついています。本書はそのための基本的な事項を知ってほしいと考えて書きました。地学のアウトラインを学んだ結果、地学に関心を持つ人々が増え、さらに「地学をやってみよう」という若者が一人でも多く生まれることを願っています。

 地学をめぐる問題は、もう一つあります。高校の理科には「地学」の教科が用意されていますが、最近の地学の履修率がきわだって低いのです。

 普通科のすべての生徒が選択する基礎科目では、「化学基礎」や「生物基礎」が九〇パーセントを超えるのに対して、「地学基礎」は三四パーセントでしかありません。さらに、その先で「地学」を選択する生徒は、わずかに一・二%しかいないという報告があります。すなわち、日本人全員の一〇〇分の一しか高校できちんと地学を学んでいないのです。

 これは地学に関心がないのではなく、大学受験用の科目として地学が選ばれにくいのが原因です。以前は理科の四教科はすべてが必修であり、私が通っていた筑波大附属駒場高校の地学は、生徒にとって非常に興味をそそる科目の一つでした。ところが現在では、大学が受験に指定する科目が物理・化学・生物の三科目であることがほとんどで、そのため、地学を開講する高校が激減してしまったというのが実情です。

 しかし、高校の地学には、二一世紀になってからの研究の最先端が教えられるという特徴があります。ほかの科目と比べてみると、違いがよくわかります。

 数学では一七世紀までに発達した微積分などの内容が教えられ、化学では一九世紀までに発見された内容までが教科書に載ります。また物理では二〇世紀初頭に展開された原子核物理学までが教えられ、生物では少し時代が下りますが二〇世紀後半に進歩した免疫や遺伝子操作までが入っています。

 これに対して地学では、まさに今世紀になって新しい研究が展開中のプルーム・テクトニクスや、地球温暖化問題が教科書で扱われているのです。私が「出前授業」で高校生に地学を教える際にも、前の週に印刷された論文の最新の内容を紹介したりしています。つまり、地学には、現代に生きる人々に身近でかつ必要な材料がそのまま使われているのです。

 近年の私は、専門領域である火山研究に加えて、「科学の伝道師」としての活動を行っています。その大きな理由は、地学は日本人にとってきわめて重要な知識だと考えるからです。

 日本列島では地震や噴火が頻発していますが、これは二〇一一年に起きた東日本大震災(いわゆる「3・11」)と関係があるのです。あのマグニチュード9という巨大地震によって、日本列島の地盤は不安定になりました。最近よく起きる地震と噴火は、地盤に加えられた歪みを解消しようとして発生しているのです。

 こうした事実に対して私は、一〇〇〇年ぶりの「大地変動の時代」が始まってしまった、と警鐘を鳴らしてきました。おそらく今後、数十年という期間にわたって、地震と噴火は止むことはないと予想されています。

 これに加えて、おびただしい数の人を巻き込む激甚災害が近い将来に控えています。すなわち、首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山をはじめとする活火山の噴火などの、地球にまつわる自然災害が、いつ起きても不思議ではない時代に入っているのです。こうした大事なことを学校で学ぶ機会が減っているのは、国民的損失ではないかと私は危惧しています。

 地学の知識は、単に好奇心を満たすだけではなく、災害から自分の身を守る際にもたいへん役立つものです。その意味からも、私は一人でも多くの日本人に、地学に関心を持っていただくことを願っています。そのために日本列島で始まった種々の地殻変動がいかなるメカニズムで起きているかを理解し、効果的な対処をしていただきたいのです。

 イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが説いた「知識は力なり」というフレーズは、まさに現代の日本社会に当てはまるものです。本書では地学の中でもわれわれに身近なテーマに絞り、ポイントをわかりやすく解説しました。読み終えた暁には、地学が「面白くてタメになる」ことに賛同していただけるのではないかと思います。

 では、人類が三〇〇〇年もかけて築き上げてきた地学の世界へご案内しましょう。

鎌田浩毅(かまた・ひろき)

一九五五年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。理学博士。日本火山学会理事、日本地質学会火山部会長等を歴任。京大の講義は毎年数百人を集める人気で教養科目1位の評価。科学啓発に熱心な「科学の伝道師」としても活躍中。著書に『富士山噴火』(ブルーバックス)、『地球の歴史』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『生き抜くための地震学』(ちくま新書)、『西日本大震災に備えよ』(PHP新書)、『火山はすごい』(PHP文庫)、『一生モノの勉強法』(東洋経済新報社)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)など。
ホームページ:http://www.gaia.h.kyoto-u.ac.jp/~kamata/

[B2001]

地学ノススメ

鎌田浩毅

プレートひしめく列島上に住む日本人にとって、最も必要なのに最も軽んじられている学問――「地学」の知られざる面白さを教えます!

ISBN : 978-4-06-502002-9

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