曲がった空間の幾何学

曲がった空間の幾何学

宮岡礼子(みやおか・れいこ)

現代の科学を支える非ユークリッド幾何とは

まえがき

三角形の内角の和は180度。これは小学校で誰もが習うことで,1+1=2と同じくらい,基本的事実のひとつではないでしょうか。

しかし,本書を読めば,三角形の内角の和が180度ということが必ずしも成り立たない,いや,むしろ成り立たない方が普通,ということがわかっていただけると思います。

通常,三角形といえば平面上で線分3本で囲まれた図形です。内角の意味も説明するまでもないでしょう。こうした図形に関していえば,もちろんこの「内角の和が180度」という事実は未来永劫の真実です。

一方,私たちが住んでいる地球の縮小版である地球儀をもってきて,その上に三角形を描いてみましょう─といっても,地球儀に線分は書けませんから,この場合,三角形の三辺は大円弧,つまり地球の中心を通る平面の切り口でできる大円の一部に置き換えます。

例えば北極を通る2本の経線が,赤道で切り取られると,三辺が大円弧からなる三角形ができます(一辺は赤道の一部に当たります)。これは,のちに定義する測地三角形というものになっています。

さて,この三角形はユークリッド空間の三角形より少し太って見えませんか? 実際この場合,内角の和は180度より大きくなります。もはや「三角形の内角の和は180度」という神話は覆されたのです。これには地球の曲がり方を表すガウス曲率というものが正という事実が反映されています。

それでは,三角形の内角の和が180度より小さくなる空間はあるのでしょうか? ─あります,あります。むしろこちらの方が多いくらいです。例えば,球面とは逆にガウス曲率が負になる曲面(身近な例では懸垂線を回転してできる懸垂面という曲面。12.3節参照)の上に,線分に代わる測地線で三角形を書くと,痩せた三角形ができて,その内角の和は180度より小さくなります。

このように,考える空間が曲がっていると,もはやユークリッド幾何は成り立ちません。三角形の内角の和が180度になることを証明するには,平行線の公理が必要でしたが,この公理が成り立たない,「非ユークリッド幾何」というものがあるのを聞いたことがあるでしょう。

本書ではこうした「通常とは違う」「高校まで習わなかった」,曲がった空間の幾何を紹介します。

航空機が遠距離を結ぶ交通機関として当たり前になった現在,「東京からパリへ飛ぶのにどの航路を選べばエコか」,こんな身近な疑問にもお答えしていきます。「朝顔のつるはなぜあのように巻きついているのか」「巻き貝の貝殻はなぜあの形なのか」,そうした疑問への解答を,できるだけ予備知識なしで解説したいと思っています。

アインシュタインの相対性理論がリーマン幾何学の手法で説明されたように,現代幾何学は他分野の最先端理論にも大きな貢献をしています。2016年のノーベル物理学賞を受賞した3名の業績は,トポロジー(位相幾何学)の考え方を用いて,超電導などの物理現象を解明したというものです。発表の際に行われる業績説明の席では,本書に現れる曲面の種数についての説明が,ドーナツ型やプレッツェルとよばれる穴あきのパンを使ってなされました。トポロジーでは切った貼ったの変形ではなく,伸び縮みなどの連続変形で不変な性質を扱います。穴の数のような整数値をとる量があると,それは連続変形では変化しません。この考え方をスピンホール効果などの物理現象の解明に用いて成功したのが,上記のノーベル賞受賞者の業績です。

本書では,数学的厳密さより,わかりやすさを心がけていますので通常の数学書よりはずっと読みやすいことを請け合います。高校ないし大学初年度の学生さんなら,知ってよかったと思ういろいろな事実に触れられると思います。お仕事をしている方も,久しぶりにこんな本を読んでみると,以前より数学に興味が湧くのではないでしょうか。毎日1ページずつでも読んでみてください。

見出しに「*」をつけた章や節は,少し内容が高度になりますので,最初はとばしてもかまいません。また,第14章と第15章も高度な内容を含んでいますが,ポアンカレ予想の解決にぜひ言及したいと考えて書きました。第4章で述べる2次元閉曲面の分類に加えて,2003年に解かれた3次元空間の分類に関わることですので,興味のある方はお読みください。さらに,もっと先を読んでみたい方には,拙著『現代幾何学への招待』(サイエンス社SGCライブラリ)を挙げておきます。我田引水となりますが,本書の次に読むのにちょうど良い内容かと思います。

宮岡礼子(みやおか・れいこ)

1951年東京生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程(数学専攻)修了。理学博士。東京工業大学助教授,上智大学教授,九州大学大学院数理学研究院教授,東北大学大学院理学研究科教授を経て,現在,東北大学教養教育院総長特命教授。ボン大学(ドイツ)特別研究員,ウオリック大学(イギリス)客員研究員。日本数学会幾何学賞受賞。日本学術会議連携会員。科学技術振興機構領域アドバイザー。『現代幾何学への招待』(単著,サイエンス社),『21世紀の数学』(小谷元子共編,日本評論社)ほか,欧文学術書の編著がある。

[B2023]

曲がった空間の幾何学 現代の科学を支える非ユークリッド幾何とは

宮岡礼子

平行線は交わり、三角形の内角の和は180度を超える! リーマンやポアンカレが創った曲がった空間の幾何学の分かりやすい入門書。

定価 : 本体1,080円 (税別)

ISBN : 978-4-06-502023-4

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