時計の科学

時計の科学

織田一朗(おだ・いちろう)

人と時間の5000年の歴史

はじめに

昨今、「遅刻の理由」を時計のせいにする人はあまりいないでしょうが、1970年代頃までは一般的な理由でした。待ち合わせに遅れた方が、「ちょっと時計が遅れていたもので、電車に乗り遅れてしまって、すみません」などと謝ると、相手も簡単に理解してくれる状況でした。

当時の腕時計の精度は、一部の高級品は別として、1日に15~20秒も誤差が出るので、1ヵ月も時刻を補正しないでいると、4~5分もずれることは当たり前でした。したがって、多くの人が腕時計をわざと進めて使い、待ち合わせでは相手の時計の誤差も考慮して、5~10分の余裕をもって行動していました。時計メーカーも、「精度を維持するのは、ユーザーの役目」としていましたので、「(週初めの)月曜の朝は、時計の時刻を確かめましょう」などと、CMで呼び掛けていたのです。

ところが、最近では「時計が遅れていた」と言うと、「電池切れですか? 電波時計を使っていないのですか?」などと、ことは大事になってしまいます。

目覚まし時計の精度は、もっと酷いものでした。目覚まし時計には製造コストの安い機械体が使われていたこともありますが、時間精度の保証が1日で30秒程度だった上に、アラームを鳴らす精度が相当に粗かったのです。アラーム機構は原始的な機械式で、12時間で1周する「時」を表示する歯車と「分」を表示する歯車の穴が一致すると、ピンが上から下に落ちてアラームが作動する仕組みです。したがって、実際のアラームが作動する誤差は、歯車の緩慢な動きを反映して、数分から十数分になります。これに、歯車の「遊び」に起因する精度誤差が加わるので、一般的な目覚まし時計のアラーム誤差は20~30分ほどにもなりました。仮に誤差が30分だとすると、アラーム時刻を6時にセットしても、実際に鳴るのは、5時30分から6時30分の間になります。

しかも、アラーム時刻をセットするのはアナログの針(「目安針」)で、文字盤下面に配された目盛りを頼りにするのですが、針は小さく、かつ短くて、目盛りまでに達しないため、「目分量」になります。そのため、セットによる誤差もかなり生じます。

したがって、賢いアラーム時刻のセット方法は、初日に実際に鳴った時刻を参考にして、翌日から目安針の位置を微調整することでした。

そして、目覚めの悪いユーザーにとって深刻なのは、安い機種ではアラーム音を発するためのゼンマイが時計を駆動するゼンマイを兼ねているため、アラーム音が10~15分鳴っている内に起きないと、時計自体が止まってしまうことです。そのため、目覚めてみれば、「アラーム音は聞こえず、時計も止まっていた」との結果も起こります。この因果関係に気づかないユーザーは、「時計が止まっていたために、アラームが鳴らなかった」と思い込むのです。なかには、ゼンマイを2丁装備し、機能を分けた時計もありましたが、価格は高くなり、売れ行きは限られていました。

一方、時計メーカーにとって厳しいのは、当時の掛け時計が7000~8000円もするのに対して、目覚まし時計はアラーム機構がプラスになり、むしろ部品点数が多いにもかかわらず、売れ筋価格帯が2000円前後にとどまっていたことでした。当時の日本人の生活では、布団で眠る習慣が一般的で、朝起きると、目覚まし時計はタンスの上に片づけられてしまうため、1日に1回しか使わないものに、高い出費はもったいない、との意識が働いていたからです。

その傾向は顕著で、2000円を切ると店頭からの売れ行きは良いのですが、3000円を上回るととたんに売れ行きは悪くなるため、メーカーは時間精度面で妥協せざるを得ないという事情がありました。

当時の時計は機械加工でつくられており、すべての部品は一点ずつ、切削かプレス(型押し)で加工されるため、時間精度を上げるには、部品ごとの加工精度を高める必要があるのですが、コスト面で無理だったのです。歯車だけとっても、一般的な時計には3~4枚が使われていますが、小さな真鍮の円盤の円周に、切削加工で40~50回も精確な切り込みを入れなければなりません。安いコストで部品をつくるには、なるべく手間を掛けず、短時間で仕上げることが求められていたのです。もちろん、精密機械の海外での生産はありませんでした。

しかし、消費者はそのような事情を知る由もなく、目覚まし時計は「当てにならないも の」の代名詞にされていたのです。

ところが、1970年代にクオーツ(水晶)時計が普及すると、状況は一変しました。 時刻修正を3~4ヵ月怠っていても、誤差は1分にも満たず、時計は正確なことが当たり前になりました。

目覚まし時計の進化は、さらに大きいものでした。クオーツ時計の時間精度は、安い機 種でも1ヵ月で最大30秒程度にとどまり、電子技術の活用でアラーム精度は誤差ゼロになりました。アラーム時刻を数字を使って1分単位でセットできるだけでなく、作動のズレがなくなったからです。もちろん、電池はエネルギーが十分なので、アラームが20~30分鳴っても、いきなり止まるようなことはありません。

しかも、クオーツ時計のコストダウンと、合成樹脂(プラスチック)の精密加工技術の確立で細かい歯車がプラスチックの成型加工で簡単にできるようになったことにより、製造コストは格段に安くなりました。1000円程度でも、正確で使いやすい目覚まし時計を手に入れることができるようになりました。

しかし、このようなことが実現した背景には、4000~5000年に及ぶ時計の歴史の積み重ねがあります。正確な時計をつくるために、時代の優秀な科学者や技術者が、英知と最先端技術を駆使して、未知への挑戦を試みたのです。

さらに、クオーツ式を超える「誤差3000年に1秒以内」などという原子時計の開発によって、人類が「絶対的に正確である」と信じてきた地球の自転に誤差とブレがあることを発見し、時間の概念が一変しました。

それでもなお科学者たちの「精度の追求」は止まりません。原子時計を改良し、「2000万~3000万年に1秒以内」の精度でも驚かなくなりましたが、今や研究開発の目標は、「300億年に誤差1秒以内」の光格子時計に向かっています。300億年という時間の長さは、宇宙の歴史138億年を超えるもので、天才物理学者アインシュタインが唱えていた「相対性理論」を実感できる世界です。

本書は、5000年に及ぶ時計の歴史と、将来の時計までを1冊に収めようという欲張った企画です。そこで、読者の皆さんに、ぜひ頭に入れておいていただきたいことは、時計には必ず、
①駆動するエネルギー源
②時間信号源となる規則正しい振動(サイクル、リズム)
③時刻の表示機構
が必要であるということです。

では、時と時計の真理、真実を見つける旅に、出発しましょう。

織田一朗(おだ・いちろう)

時の研究家。山口大学時間学研究所客員教授。1947年、石川県金沢市生まれ。1971年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。株式会社服部時計店(SEIKO時計の販売会社)入社。営業・宣伝・広報・総務などを経験し、執筆、ラジオ出演などを行う。1997年に独立。著書には『時計の針はなぜ右回りなのか』(草思社)、『日本人はいつから〈せっかち〉になったか』(PHP新書)、『「時」の国際バトル』(文春新書)、『時と時計の雑学事典』(ワールドフォトプレス)など多数。

[B2041]

時計の科学 人と時間の5000年の歴史

織田一朗

古代エジプトの「日時計」から、300億年で誤差1秒の「光格子時計」まで。人間はどのようにして時間を計り、利用してきたのか。

定価 : 本体980円 (税別)

ISBN : 978-4-06-502041-8

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