城の科学

城の科学

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)

個性豊かな天守の「超」技術

はじめに

 近年、城を訪れる人が激増しています。全国の入城者数は右肩上がりで、城めぐりに関する書籍もたくさん見かけるようになりました。老若男女を問わず多くの人が訪れ、近年の城内はまるでテーマパークのように華やかでにぎやか。奥深い城の魅力を、さまざまな人がそれぞれの楽しみ方で自由に歩ける時代が到来したのだと思います。訪城者が増えたことで整備も進み、より訪れやすくなっているのもうれしいところです。

 石垣が累々と残る城、石垣すらない戦国時代の土の城、市街地や山奥に埋もれた城を探るなど、ちょっとマニアックな城の楽しみ方も定着しつつあります。しかし実感するのは、「みんな天守が大好き!」ということ。研究者も専門家も、尋ねてみれば城好きへの入口は天守であることがよくありますし、どんなに偉い先生も、私たちと同じように少年のような笑顔で天守を見上げます。そういえば私も、思い起こせば小学生のときに松本城を訪れ天守内部の軍事的な工夫に魅了されたのが、城に目覚めたきっかけでした。

 みなさんも、城を訪れたならば目指すのは天守でしょう。城内の石垣や櫓などの建物、敵を翻弄する迷路のような設計などには目もくれず、まっしぐらに天守最上階を目指すようすは、城では当たり前の光景です。たとえ「この城の魅力が天守ではなく別のところにある」と力説されても、「現存する天守ではなく後世に建てられた偽物だ」とわかっていても、せっかく城を訪れたのなら必ず天守だけは見て帰りたいものです。

 天守は、城という広い敷地のなかにある建物のひとつです。城を構成するパーツのひとつにすぎません。ですから厳密には〈城=天守〉という一般的な定義は少しもったいない認識で、天守だけで城を語ることもできません。しかし、それでもやはり、天守の存在感は圧倒的です。

 天守を目の前にすると、思わず立ち止まりカメラを構えてしまいます。天守とは、権力と財力を誇示するシンボルタワー。観光で訪れた私たちに対してもそうであるように、近づく者の前に立ちはだかり、威圧する目的があります。私たちが天守に圧倒されるのは、ただ外観の美しさに見惚れるだけでなく、その背後にある目に見えない力に無意識のうちに脅威を覚えるからです。

 そしておもしろいのは、実用性にも大きな意味があることです。壮麗なシンボルタワーであると同時に、それ以上に実戦のための防御施設としての役割を担っていました。見た目の美しさが大切なのは間違いありませんが、美観に実用を兼ね備えていることがとても重要でした。

 城を訪れたのなら天守を見たいものですが、とはいえ天守内の柱や構造を見たいのではなく、ゴールは天守最上階でしょう。風が頬をなでる心地よさ、木造建築の趣きが感じられる空間、絶景を一望のもとにできるあの時間は格別で、「ああ、がんばって急な階段を上がってきた甲斐があった!」と、達成感を味わえます。最上階から絶景を見下ろせば一国を制圧した城主の気分に浸れ、「お殿様もこの景色を眺めながら暮らしていたんだなあ」と、優雅な気持ちになります。

 しかし、天守を少し理解すると、そんな妄想は一瞬にして打ち消されます。隅々のあらゆるところまで戦いのためのしかけや工夫がされた、戦闘のための建物だと気づくからです。天守に住むなど、戦場に身を投じるようなもの。私なら、こんな場所には絶対に住みません。

 実際に、天守に城主は住んでいませんでした。最上階は特別な空間づくりが意識されていたようですが、少なくとも居住空間ではなく、戦闘色の薄い天守であっても一時的な居心地のよさ以外は追求されていません。人々を虜にする美貌を持ちながら、驚異的な行動力と抜群の知性にあふれた内面――。天守とは、そんな裏の顔を持つミステリアスな存在でもあるのです。

 さて、たとえば目の前に全国各地の天守の写真を30枚ほど並べられたとしたら、みなさんは見分けがつくでしょうか。少し目が慣れれば、きっと誰でも、どの城の天守かを言い当てられるようになります。天守とはそれほど、似たものがなく、デザインやサイズのバリエーションが豊かです。さらにそれぞれに軍事的な工夫がしかけられているのですから、絶対に2つとして同じ天守は存在しません。

 個性豊かというと聞こえはいいですが、歪みを補ったような部分もあり、建築物としては欠陥だらけのような印象もあります。美しさを追求したためにできたスペースを有効活用すべく、射撃場としたり装飾で隠したりと、なんとかうまく使おうという人間臭さも感じられます。

 その背景には、大前提として急いで建てられていること、そして度重なる修復と改造の経緯があります。軍事施設である城は、時間をかけて素材を厳選し、こだわり抜いてつくられるものではありません。できるだけ早く、限られた条件のなかで、持てるすべての知恵と技術を投じてつくられます。ときには辻褄合わせのような技術を用い、ごまかしたりすることも。試行錯誤した、不完全さが詰まっているのです。

 生まれながら特別な存在意義を持って維持と管理がされてきた寺院建築とは異なり、天守は常にガタを抱えながら、時代の変化のなかでなんとか生き延びてきた建物といえます。そんなところに私は人間らしさを感じずにいられず、逞しさや強さに心惹かれてしまうのかもしれません。

 私たちは、なぜ天守に魅了されるのでしょうか。城を訪れたとき、どんなところに着目すればよいのでしょうか。本書は、知・美・技という観点から天守の魅力を解き明かした1冊です。国宝指定されている5つの天守を中心に、天守の構造や特徴、工夫に迫り、その見方・楽しみ方を解説しています。一般的なガイドブックのような天守の特徴や見どころを紹介するものではなく、また軍事的なしかけを実際にどのように活用するのかを深く解き明かすものでもありませんが、城を訪れて天守の真髄を感じ、考えるときに役立つものを目指しました。

 数百年も前に建てられた天守を見ても時代遅れだと感じないのは、決して過去と切り離されたものではなく、きっと、日本人のなかに脈々と受け継がれてきた美意識が息づいているからなのでしょう。

この本が、日本の宝である天守を楽しむヒントになれば幸いです。

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)

1976年東京都生まれ。青山学院大学卒。小学2年生のとき城に魅せられる。大学卒業後、制作会社や広告代理店などの勤務を経て、現在はフリーの城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座、城フェス実行委員長もこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)、『江戸城の全貌』(さくら舎)など。公式サイトhttp://46meg.com/ 公益財団法人日本城郭協会理事・学術委員会学術委員。

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城の科学 個性豊かな天守の「超」技術

萩原さちこ

現存する12の天守を中心に、日本技術の結晶である建築物としての城(おもに天守)を、美・知・技の見地から分析する。

定価 : 本体1,200円 (税別)

ISBN : 978-4-06-502038-8

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