『日本の深海』

『日本の深海』

著者 瀧澤 美奈子(たきざわ・みなこ)

資源と生物のフロンティア

はじめに

「生きている化石」と呼ばれるミツクリザメをご存知だろうか。
 体長五〜六メートルにもなる巨大な深海魚で、じつは東京湾にも棲息している。東京湾も沖に出ると七〇〇メートルの水深となるので、深海魚が棲息できるのである。
 東京湾のすぐ近くの相模湾の水深は一六〇〇メートル。さらに隣の駿河湾に至っては水深二五〇〇メートルという深さになる。日本列島は、まわりを広大な海に囲まれているが、じつはそのほとんどは深海である。
 どれくらいの深さを深海と呼ぶのかは厳密に決まっているわけではないが、海洋生物学では、光合成に必要な量の太陽光が届かなくなる水深二〇〇メートルより深い海と定義することが多い。また地質学では水深二〇〇〇メートルより深い海が目安となっている。どちらにせよ、日本の海はほとんどが深海である。
 日本は小さな島国で、領土面積は世界第六一位にすぎない。しかし領海と排他的経済水域を合計した面積では世界第六位である。それだけではない。水深五〇〇〇メートルより深い海域の体積は、なんと「世界第一位」というデータもある。つまり、日本は「深海大国」なのである。
 日本の海が深いのは、複数の海溝が近海の海底に深い谷を刻んでいるからである。北から千島海溝、日本海溝、伊豆・小笠原海溝、南海トラフ、南西諸島海溝と五つの海溝(トラフ)が縦横に走る。一つの国の海域にこれほど数多くの海溝を持つ例は、世界中ほかに見あたらない。
 五つも海溝があるのは、日本列島が四つのプレートの境界にあるためである。四つのプレートがひしめき合い、大陸プレートの下に海洋プレートが潜り込み、押されたり、ひきずられたり、活発な地質活動を続ける場所に日本列島が位置している。このことは私たちの日常生活に災禍をもたらす一方で、恩恵も与えてくれている。
 こうした災禍や恩恵は、陸からではなく深海から見たほうが理解しやすい。そのポイントは四つある。
 第一に、深海は「日本列島のゆりかご」であるということ。日本列島そのものが、太古の昔、深海から誕生した。
 第二に、まわりに海溝が複数存在するため、日本では海溝型地震が発生しやすいこと。
 第三に、深海底には複数の鉱物資源が眠っていること。これは日本列島が複数のプレートのひしめき合う場所に位置するがゆえの恩恵である。
 第四に、海洋生物の種類がきわめて多いこと。
 身近にありながら、海面の下を見通すことができないために、深海は永く未知の世界であった。しかし、調査船などの進歩もあり、いま、深海は少しずつその真の姿を私たちの前に現している。
 筆者も、二〇〇五年四月に、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗船し、相模湾に降り立つ機会に恵まれた。潜ってみると、さまざまな形や大きさのクラゲ、頭だけ大きな奇妙な魚、巨大な目をした大きな魚など、生物がいきいきと棲息している姿を目にすることができた。そこはまるで、別の惑星といってもいいほど新鮮な驚きがあった。
 深海大国・日本。この豊かで変化に富んだ海の物語を、私たちは日本人としてこれからも編み続ける。身近でありながらも未知の世界である深海について、少しでも理解していただければと考え本書を執筆した。本書が海と深海の理解の一助になれば、これに過ぎる幸せはない。
 本書執筆にあたり、インタビューに応じてくださった研究者のみなさん、そして取材や調査にご協力くださった関係者のみなさんに、心から感謝と御礼を申し上げます。そして長期にわたりご尽力戴いた講談社の中谷淳史さんに、この場を借りて深く御礼申し上げます。

著者 瀧澤 美奈子(たきざわ・みなこ)

東京理科大学理工学部物理学科卒、お茶の水女子大学理学研究科物理学専攻修了、修士。科学ジャーナリスト。日本科学技術ジャーナリスト会議理事、慶応義塾大学大学院非常勤講師。文部科学省科学技術・学術審議会臨時委員、内閣府独立行政法人評価委員会委員。著書に『地球温暖化後の社会』(文藝春秋)、『深海の科学 地球最後のフロンティア』(ベレ出版)、『深海の不思議』(日本実業出版社)、『深海にひめられた地球の真実』(旺文社)、『アストロバイオロジーとはなにか』(ソフトバンク)、『植物は感じて生きている』(化学同人)、『図解「物理」は図で考えると面白い』(青春出版社)など多数。

[B1824]

日本の深海

著:瀧澤 美奈子

日本の「海の広さ」は世界第6位で、そのほとんどが深海である。日本は世界屈指の「深海大国」といえる。地形、資源、生物、環境など、多角的な視点で紹介。

定価 : 本体800円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257824-0

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