暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり

暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり

著者 西田宗千佳(にしだ・むねちか)
著者 吉本佳生(よしもと・よしお)

「良貨」になりうる3つの理由

はじめに

 いまから300年以上前の1694年、イングランド銀行──現在のイギリスの中央銀行が設立されました。翌々年の1696年にイギリスの王立造幣局の監事となり、1699年には長官の座に就いて、国家が発行する貨幣の守護者となったのは、偉大な数学・物理学者のアイザック・ニュートン(1642~1727)でした。
 すでに科学者としての輝かしい研究業績のほとんどを生み出し終えていたニュートンは、当時のイギリスで横行していた贋金づくりの組織と対決し、鮮やかな手腕で激減させました。贋金づくりは国家に対する反逆であるとして、首謀者を死刑にすることで、〝国家通貨〟の価値と威信を維持したのです。
 その一方で、ニュートンは〝錬金術〟の研究にも熱中していました。のちに、やはりイギリスが生んだ偉大な経済学者のジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946)は、そうした研究の業績を収集して読んだうえで、ニュートンをつぎのように評しました。──ニュートンは、合理主義の理性にしたがう近代科学者の最初にして最大の人とみられているが、そうではなく、何千年も前のパピロニア人やシュメール人と同じように錬金術などに魅入られた、「最後の魔術師」だ。
 ニュートンは、王立造幣局長官として多額の報酬を得ましたが、イギリス史上最悪のバブルといわれる「南海バブル」(1720年)に巨額の投資をして大損しました。この、ニュートンも踊らされた株価バブルこそが、人々の付和雷同によって資産価格が高騰する現象を指す、〝パブル〟という経済用語の語源です。
 稀代の天才ニュートンは、国家通貨を守る立場として活躍しながら、他方で、通貨の裏づけとなりうる金をつくり出す方法を研究し、当時の新しい金融手法に乗ってカネ儲けをしようとして失敗しました。
 それから約300年の時を経て、いままた、世界中の天才数学者たちが〝現代の錬金術〟に熱中しています。数十年前には、確率微分方程式などの高等数学を駆使した「金融工学」をウォール街(金融市場) に持ち込み、金融取引で巨額の富を生み出す方法を確立したかにみえましたが、アメリカの住宅バブル崩壊とともに、2008年にリーマンショックを引き起こして世界経済を混乱させる原因のひとつとなりました。
 入れ替わるかたちで現れたのが、「ビットコイン(Btcoin)」と呼ばれる〝暗号通貨〟あるいは〝仮想通貨〟です。世界中の天才数学者たちが協力して今回つくりあげたしくみは、まさに「計算作業がそのまま通貨(カネ)を生む」ものです。金融工学のように数学が間接的にカネを生むのではなく、ビットコインでは、数学が直接にカネを生み出します。また、ニュートンが〝死刑の恐怖〟で贋金づくりを防止したのに対し、いまの数学者たちは〝洗練された暗号理論〟で、電子データでできた通貨の偽造を防止します。
 そしてビットコインは世界で広まり、各国のマスメディアから強い注目を集めるところまで成長しました。カナダや香港では、ピットコインのATMまで登場しています。日本国内でも、ピットコインで飲食代金を支払える店が出てきました。
 ところが、注目度が高まった2014年2月に、当時最大規模のピットコイン取引所だったマウントゴックス(Mt.Gox)が、「預かっていたビットコインのほほ全額を消失した」と発表して経営破綻しました。他の取引所でのピットコイン価格で計算して、500億円近い損失が発生したとされます。
 マウントゴツクスの破綻はビットコインが消えるきっかけになる、と予感する人もいました。逆に、世間の注目度が増して、問題点が修正されやすくなり、ピットコインのような暗号通貨が発展するための薬になると考えた人もいました。結果が明らかになるには、しばらく時聞がかかりそうつです。
 しかし各国政府は、このイノベーション(技術革新)をどう評価するか、危険な錬金術とみなして抑え込むか、希望に満ちた新ビジネスとしてつき合うかの対応を迫られています。現実には、もっと複雑な対応が求められそうです。中国政府は禁止を選ぴましたが、データでできた通貨を排除するのは簡単なことではありません。アメリカやドイツは金融資産として、日本政府はモノ(実物資産)として認めることで、課税対象にと考えました。しかし、納税者の協力がない場合、ピットコイン取引への課税はむずかしいかもしれません。
 では、ピットコインのしくみは技術的にみて本当に安全なのでしょうか? いずれ暗号が破られてしまう恐れはないのでしょうか?
 そもそも、暗号通貨は、通貨制度としてきちんと成立・安定するのでしょうか? 金などの価値の裏づけがまったくなく、数学(計算)が通貨を生むなんて、詐術的ではないかと疑いたくなります。
 本書の筆者たちは、この執筆を始める直前まで、ビットコインのような暗号通貨の未来に対して懐疑的でした。ピットコインの存在そのものが、ニュートンがハマった南海バブルと同様に、これまで何度もくり返されてきたバブルのひとつに終わるのではないか、と懸念していたのです。
 そうなれば、ニュートンは〝最後の魔術師〟の称号を返上できそうですが、じつは、ビットコインのような暗号通貨は、技術的にみても、経済社会システムのひとつとしても、十分に成立・安定・発展する可能性があると、筆者たちは考えるようになりました。あくまで「可能性」であり、また、暗号通貨が成功した未来でその中心にあるのは、いまのビットコインではなく、改良型の暗号通貨かもしれません。
 しかし、キプロスの金融危機がピットコインの人気につながったように、世界経済の動向のなかで、ピットコインを資産運用(投資、投機)対象とみる人が広がる可能性はあります。なにより、もしピットコインのような暗号通貨の利用が一般化すれば、少額の国際決済が簡単になります。これほどグローバル化が進んだ現代でも、3000円相当の外貨を海外の誰かから受け取ろうとすると、じつはむずかしいという事情があります。手数料が高すぎて、銀行を通じての送金が事実上使えないからです。
 つまり、暗号通貨にはニーズがあります。背後に、大きなビジネスチャンスがあるのです。しかし他方で、筆者たちもふくめて多くの人が疑念と不安を抱いています。電子マネー、クレジットカード、プリベイドカード(プリカ)、企業や店が発行するポイント、ゲーム内の通貨などと、ピットコインがどうちがうのかわからないとの声も聞こえます。
 かつて大規模な投資詐欺でもちいられた「円天」に似た、いかがわしさを感じる人もいます。マウントゴツクスの破綻は、こうした疑念を強めたかもしれません。ビットコインのかなりの部分が犯罪者たちによって保有されている、といった報道が、危険性を強調したからです。
 おもしろいことに、経済・金融・社会・会計などの社会科学の専門家のなかには、自分たちには理解がむずかしい「情報(暗号)技術」に不安をもちながらも、経済社会システムのひとつとしては十分に成立すると考える人がたくさんいます。他方で、ピットコインの技術的なしくみをきちんと理解できる理数系の専門家は、技術面を高く評価しながらも、「通貨制度(経済・金融制度の根幹のひとつ)」としての肝心な部分で問題があるのではないかと、疑っていたりします。
 お互いに怪しんでいるのですが、両者の専門部分での意見をあわせると、暗号通貨は意外に優れているのではないかとも思えてきます。もちろん、頭から否定する人たちもいますし、疑念や不安がすべて払拭されたわけではありませんが、怪しい錬金術と決めつける前に、あるいは、新しいビジネスチャンスとみて飛びつく前に、きちんと専門的に検討すべき対象だというのが、本書の筆者たちの立場です。
 本書は、注目が集まってきたビットコインを題材に、数理暗号・情報技術と通貨制度の両面から、マジメに暗号通貨について考えます。まずは、暗号通貨のからくりをわかりやすく解説し、通貨(貨幣)とはなにかを基本から語り、これらをふまえて暗号通貨の未来を探ってみましょう。
 筆者たちは、ピットコインのような暗号通貨の未来は、利用者一人ひとりの考えと行動が積み重なって決まると考えています。ですから、本書で性急な結論を導くつもりはありません。後半では、いくつかの将来像も示していて、専門家の観点からは可能性が高そうにみえる内容ではありますが、結末は予想がむずかしいといえます。
 ピットコインの登場は、通貨に新しい選択肢をもたらしましたが、これが通貨として発展するかどうかは、一人ひとりの選択にゆだねられています。「私たちが選ぶ」のです。そのために、ビットコインや暗号通貨について、マジメに知りたい、考えたいという読者が、自分自身で判断するための基礎知識を提供することが、本書の目的です。
 なお、情報技術面の執筆は西田宗千住が、経済面の執筆は吉本佳生が担当しました。異なる専門分野の共著者による本書が、うまく一冊の本にまとまっているとしたら、それは講談社ブルーパックス出版部の倉田卓史副部長のご尽力の賜物です。ネガティブな評価も強く残るピットコインの出版企画を、リスクを覚惜のうえで引き受けていただいたこととあわせて、深く感謝いたします。

著者 西田宗千佳(にしだ・むねちか)

一九七一年、福井県生まれ。ネットワーク、IT、先端技術分野の第一人者として活躍するフリージャーナリスト。著書に『顧客を売り場に直送する――ビッグデータがお金に変わる仕組み』(講談社)など。月に2回、毎号書き下ろしの短編電子書籍を販売する個人メディア「西田宗千佳のRandom Analysis」で、新しいメディアの形を模索している。

著者 吉本佳生(よしもと・よしお)

一九六三年、三重県生まれ。エコノミスト・著述家。専門分野は生活経済、金融経済、国際金融。著書に『確率・統計でわかる「金融リスク」のからくり』(講談社ブルーバックス)、『金融工学の悪魔』(日本評論社)、『スタバではグランデを買え!』(ダイヤモンド社)など。NHK教育・総合テレビで放送された「出社が楽しい経済学」の出演・監修者。

[B1866]

暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり

著:吉本 佳生,
著:西田 宗千佳

投資家たちを震撼させても、なお進化を続けるビットコイン。その背後に潜む数学や暗号技術と、経済へのインパクトをくわしく語る。「通貨の未来」を考える。

定価 : 本体900円 (税別)

ISBN : 978-4-06-257866-0

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