日本最先端の研究者に聞いた 「ほかでは読めない重力波」

  • 2016/02/17

    • ニュース

    日本最先端の研究者に聞いた
    「ほかでは読めない重力波」

    成果が大きすぎて「ノーベル賞が1個では足りない」とまでいわれている重力波の初観測。その本当の意義はどこにあるのか、これから何がわかるのか、国内の重力波研究の第一人者である安東正樹さん(東京大学大学院理学系研究科准教授)にお聞きしました。

    1週間前に届いた「重要な発表」に関する論文


    ――安東さんは日本の重力波研究において中心的な役割をはたされているそうですが、具体的にはどのようなお立場なのでしょうか?

    安東 大型低温重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)では、プロジェクト全体の方針の決定やとりまとめをする執行部のメンバーになっています。また、宇宙重力波望遠鏡DECIGOにおいては、具体的なミッションの検討をおこなうワーキンググループの代表を務めています。今回の初観測に成功した米国のレーザー干渉計重力波観測所LIGOや、欧州の重力波観測所VIRGOにも、外部諮問委員会メンバーとして協力しています。

     

    ――LIGOの重力波初観測を安東さんはいつ、どのようにしてお知りになったのですか?

     

    安東 噂としては以前から聞いていましたが、これは本当だと確信をもったのは、発表の約1週間前でした。重力波研究者の国際的なコミュニティ内では、重要な発表をする際には情報共有をする、という申し合わせがなされています。これに沿って、KAGRAメンバーの一部にも今回の論文の予定原稿が送られてきたのです。それを読んだのが、発表の約1週間前でした。

     

    「波源はブラックホール」に驚く

     

    ――そのとき、どのようなことを思われましたか?

     

    安東 まず、観測された信号が大きく、観測結果が非常に明確であることが驚きでした。そして、観測されたのが中性子星(注1)の連星(注2)ではなく、ブラックホールの連星合体だったことに本当に驚きました。重力波の信号を観測しただけではなく、波源となったブラックホールの質量や、そこまでの距離といった情報までも推定されていたのです。これは本当に重力波天文学が幕を開けたのだと実感し、感激しました。

     

    (注1)質量の大きな恒星の最晩年の状態。

    (注2)二つ以上の恒星が共通の重心の周りを公転運動している天体。

     


    重力波初観測の波源となった2つのブラックホールのイメージ図
    (Credit Caltech/MIT/LIGO Lab)

     

    ――LIGOがキャッチしたのは13億年前に、太陽の質量の29倍のブラックホールと、36倍のブラックホールの連星が合体したときに生じた重力波とのことですが、これはそんなにすごいことなのですね。

     

    安東 研究者のコミュニティ内では、重力波が初観測されるとしたら、中性子星の連星が合体するときのものが有力とみられていたのです。連星中性子星が銀河系内に存在することは電磁波による観測でわかっていましたし、合体の頻度や振幅も定量的に評価できていたからです(「ついに初観測! 重力波とは何か?」図6参照)。「地球からどのくらい離れた連星中性子星の合体を観測できるか」という値が、重力波望遠鏡の性能を評価する指標にもなっています。

    しかしブラックホール連星は、もちろん重力波源の候補のひとつではありましたが、それがどのくらい存在しているのか、どのくらいの頻度で合体するのかは不定性が大きく、どの程度の観測ができるのか、未知数だったのです。

    波源となる可能性の順位としては、圧倒的1位が連星中性子星の合体、2位が超新星爆発(数十年に1度の頻度)、3位がブラックホール連星の合体、4位がパルサーといった感じで考えられていましたので、3位が圧倒的1位より先に来たのは驚きでした。

    さらにもうひとつ、驚かされたことがあります。今回観測されたのは「恒星質量ブラックホール」(注3)と呼ばれるもので、従来、この種のブラックホールの質量は、太陽質量の5倍から15倍程度と考えられていました。ところが実際の観測値は、それより2~3倍ほども大きかったわけです。

    いったいなぜか、このブラックホールはどのようにしてできたのか、早くも議論が始まっています。

     

    (注3)大質量の恒星が超新星爆発を起こしたあとにできると考えられるブラックホール。

     

    意義は「予言の実証」と「新たな観測手段」

     

    ――2014年3月に南極で、初期宇宙の重力波の痕跡が発見されたと話題になり、その後、誤りであったとされましたが、今回の観測は確実なものでしょうか? 

     

    安東 確実と言ってよいでしょう。それはおもに以下の理由からです。

    ①信号強度が雑音に比べて十分に大きく、統計的な誤りが起きる確率が約20万年に1回よりも小さい。

    ②2台の離れた重力波望遠鏡で、ほぼ同時に、同じ波形が観測されている。

    ③その波形が理論的予測と非常によく一致している、などです。

    なお、2014年の南極での観測は、電磁波(マイクロ波)を用いて宇宙背景放射の偏光を観測した、間接的なものでした。今回は直接、重力波を観測したものなので、手法はまったく違います。

     


    世界の重力波望遠鏡。米国ワシントン州の「LIGO Hanford」とルイジアナ州の「LIGO Livingston」が重力波を観測した(Credit Caltech/MIT/LIGO Lab)

     

    ――今回の観測がもつ意義を、あらためて挙げていただけますか。

     

    安東 まず何より、重力波信号が初めて直接観測されたことです。アインシュタインが一般相対性理論の帰結のひとつとしてその存在を予言してから100年、観測の試みが始まってから50年以上を経て、予言がついに実証されたことに大きな意義があります。

    そしてもう一つは、新しい天文学が幕を開けたということです。宇宙を観測するのにおもに電磁波を用いていた人類はいま、新たな手段を手に入れたことになるのです。

    さらに、重力波を用いた観測によって、強い重力場での一般相対性理論の検証が可能になることで、この理論がさらに精査されることが期待できます。

     

    ――重力波による新しい天文学は、何をもたらしてくれるのでしょうか?

     

    安東 強い透過力をもち、質量のダイナミックな運動も観測できる重力波による観測が進むことで、今回観測されたようなブラックホールが宇宙にはどのくらい存在しているのか、どのように形成されたのかを知ることができます。それは、初期の宇宙や銀河の姿と、その進化についての知見につながります。さらには、インフレーションやダークエネルギー、ダークマターといった、宇宙の究極の謎に迫ることも期待できます。

     

    電磁波との同時観測が「究極の理論」につながるかもしれない

     

    ――重力波を用いた観測によって一般相対性理論が精密に検証されると、どのような「よいこと」があるのですか?

     

    安東 この理論は重力の法則として、これまですべての観測・実験による検証をクリアしてきましたが、それでも物理法則のすべてを記述する理論とはされていません。量子力学との整合性がとれていないからです。すべてを統一する「究極の理論」の確立は、物理学最大のテーマといえます。重力波によって一般相対論が検証され、この理論では説明できないような現象が観測されれば、「究極の理論」への知見が得られる可能性があります。

     

    ――しかし安東さんはさきほど、観測された重力波の波形が理論的予測と非常によく一致していたとおっしゃいました。これは一般相対論の正しさを示すものだと思います。それでも今後、一般相対論では説明できない現象が見つかる可能性があるのですか?

     

    安東 そうです。たとえば考えられる可能性として、電磁波と重力波による同時観測が実現すれば、二つの波の伝搬速度の「ずれ」が検出されるかもしれません。

     

    ――一般相対論によれば重力波も光速で伝わるので、「ずれ」は生じないはずですが?

     

    安東 ところが、重力波を量子化した重力子(graviton)には、質量があるかもしれない、という話があるのです。質量があれば光速より遅く伝わるので、伝搬速度に「ずれ」が生じます。このような、一般相対論を超えた現象が検証されれば、「究極の理論」への糸口が見つかる可能性があります。重力子の質量については、今回のLIGOの論文でも少し触れられています。

     

    リスクは承知で投資をした米国のチャレンジ

     

    ――それはとてもエキサイティングな話ですね! 

    ところで安東さんは、LIGOが観測競争に勝利できた理由はどこにあるとお考えですか。

     

    安東 米国における研究者のたえまない尽力と、科学政策戦略が融合した結果と考えています。2月11日(現地時間)の記者発表でも再三強調されていましたが、NSF(National Scientific Foundation=米国国立科学財団)は、LIGOに対して、基礎科学分野では最大規模の投資をしてきました。1990年代、米国の研究者たちが世界に先駆けてレーザー干渉計型重力波望遠鏡の開発に着手し、LIGO計画がスタートして以来、NSFはこのプロジェクトに優先的に研究費の枠を設け、研究コミュニティの拡大もサポートしてきたのです。重力波は発生頻度の予想に不定性が大きく、リスクが大きいのですが、それを承知のうえでチャレンジしてきたことが、この成果につながったのです。

    日本でも重力波望遠鏡の開発は進められていて、2000年から2002年にかけては東京・三鷹市に建設された基線長300mの「TAMA300」が世界最高感度での観測をおこなっていました。しかしその後、より大型の重力波望遠鏡KAGRAの建設が2010年に開始されるまでの間に、米国に差をつけられてしまいました。

     


    「LIGO Hanford」で繊細な作業を続ける技術者(Credit Caltech/MIT/LIGO Lab)

     

    ――KAGRAのスタッフのみなさんには正直なところ、今回の観測には残念な気持ちも大きいのではないでしょうか。

     

    安東 人によって受け取り方は違うでしょうが、喜びのほうが大きいと思います。KAGRAの最大の目的は、重力波天文学の創成です。今回、その方向性が間違っていなかったことが証明され、この研究の重要性がより認識されました。LIGOとは協力関係にあり、その努力も知っていますので、成果を素直に称えたい気持ちです。

    たしかに、KAGRAが初観測を達成できなかったこと、もしくはその輪に加われなかったことに残念な気持ちもあります。しかし、重力波天文学の分野はまだ始まったばかりです。KAGRAが大きな成果を挙げる可能性はまだまだあります。

     

    ――LIGOにはないKAGRAの特性、KAGRAだからできることがありましたら教えてください。

     

    安東 KAGRAには、干渉計を構成する鏡を低温に冷却して熱雑音の影響を下げる、地下のサイトに設置して地面振動の影響を低減する、という大きな特徴があります。これらは次の世代の重力波望遠鏡でも重要な技術であり、KAGRAはそれらを先取りしているともいえます。

     

    やがては「宇宙のはじまり」へ

     

    ――これからの重力波研究では、私たちはどのようなことに注目していけばよいでしょうか。

     

    安東 まず直近では、LIGOの続報ですね。今回の発表は昨年秋からおこなわれた観測運転の、最初の16日間だけのデータを解析したものです。その後、今年1月までの約4ヵ月間にとられた全データの中に、今回と同様の重力波信号がどのくらい見つかっているのか、また、異なった波源からの信号はあるのか、などの発表が待たれます。

    そのあとは、欧州のVIRGOや日本のKAGRAも加えた国際観測網が構築され、本格的な重力波天文学がスタートするのがいつになるかですね。個人的には、重力波と電磁波の同時観測が実現する日も、そう遠くないと期待しています。

    長期的には、さらに感度を向上させた宇宙重力波望遠鏡がどのように建設されるのか。それが実現すればいよいよ重力波天文学は、宇宙のはじまりの光景へと観測の目を向けていくことになるでしょう。

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