池谷先生に聞いてみた「失敗は成功のもと」の脳科学

  • 2016/03/04

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    池谷先生に聞いてみた「失敗は成功のもと」の脳科学

    発売即重版、その後も売れ行き絶好調の『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』。その著者である池谷裕二先生(東京大学大学院薬学系研究科教授)が先日、最新の研究成果を発表されました。
    「失敗は成功のもと」という格言を裏づける科学的な結果が出たというのです。いったいどんな研究なのでしょうか? 池谷先生にうかがいました。

    ――先生は今回、どのような研究をされたのですか?

    池谷 14匹のマウスに、迷路を解かせる実験をしました。スタートからエサのあるゴールまで7つの経路がある迷路で、マウスがどの経路を選ぶかを調べたのです(図1)。


    図1 マウスは複雑な迷路を解くことができるか
    図1 マウスは複雑な迷路を解くことができるか




     その結果、すべてのマウスが最短経路(図1の赤線)を見つけることができたのですが、最短経路を見つけるまでにかかったトレーニングの日数は、3~18日とマウスによって差がありました。
     実際にマウスを迷路に置いたときの動画が、こちら(下)です。トレーニング1日目のマウスは、いろいろな道を通って、行ったりきたりしながら、ようやくゴールにたどり着いています。





     このマウスのトレーニング11日目の動画が、こちら(下)です。最短経路を通ってあっという間にゴールにたどり着きました。





    ――最短経路を見つけるのがはやいマウスと遅いマウスとでは、どのような違いがあったのでしょうか?

    池谷 解析すると、トレーニングの初期に、エサのない行き止まりの道に入ってしまったり、何度も同じ道を通ってしまったりというエラーが多かったマウスほど、よりはやく最短経路を見つけることができました。

    ――初期に失敗を多くしたマウスほど、はやく正解を見つけられたということですね。

    池谷 そうなんです。そして次に、その最短経路を通れないように道を塞いでしまったらどうなるか、という実験もしてみました。
     道を塞ぐと、マウスはすぐに別の経路をとるようになります。何度か繰り返すうちに、ある経路ばかりを通るようになるのですが、最終的にどの道を選ぶかは、マウスによって異なっていました。
     では、もう1ヵ所を追加して合計2ヵ所を塞いだときに、マウスはどんな経路を選ぶでしょうか?
     すると、図2のような結果となりました。
     スタートからゴールまでの距離は、短いほうから赤→緑→青→黄→紫(図中の経路の色)の順です。
     これまで通っていた経路が閉鎖されたとき、次に短い経路を選ぶことができたマウスと、より遠回りの経路を選んでしまったマウスがいることがわかります。


    図2 迂回路は個々のマウスによって異なる
    図2 迂回路は個々のマウスによって異なる




    ――この結果からは、どのようなことがわかったのでしょうか?

    池谷 それぞれのマウスの行動を解析すると、どこの経路も塞いでいない最初のトレーニングのとき、つまり学習のごく初期に、よく道に迷ってまんべんなく迷路全体を歩き回っていたマウスほど、経路を塞がれたときにより効率のよい経路を選んだのです。

    ――やっぱりミスが多かったマウスほど、成績がよかったということですね!

    池谷 しかも、はじめに最短経路を学習して、経路を塞いだあとも次の最短経路を見つけられたマウスに、おもしろい行動が見られました。最短経路を認識しても、マウスはそれに固執することなく、10回に3回くらいは別の道を通る。つまり“道草”をするんです。これは、経路を塞いでいない最初のトレーニング時の道草の頻度(10回に1回程度)にくらべて、あきらかに高かった。
     なぜでしょうか。
     おそらく、「いまは行き止まりだから仕方なく他の道を通るけど、ほんとうはもっと近道があるのに」とわかっているのでしょうね。だから、そわそわして道草しているんだと思うのです。

    ――おぉ、賢い! でも先生、なんで失敗が多いほどはやく学習できるのでしょうか?

    池谷 今回のような迷路課題の場合、脳内にできる「認知地図」が大きく関わっていると考えられています。認知地図というのは、1948年に心理学者のエドワード・トールマンが提唱した概念ですが、迷路を歩きながら頭の中にできる地図のことです。
     トレーニングの初期にいろいろなルートを歩いたほうが、迷路を解くための頭の中の地図の完成度が高いということだと思います。

    ――迷路を学習したマウスの脳の中では、どんなことが起こっているんですか?

    池谷 残念ながら、そこまではまだわかっていません。今後の研究で明らかになっていくと思います。
     ただ、「場所細胞」のつながりやすさが関係しているのではないか、と私は考えています。

    ――場所細胞ってなんですか?

    池谷 簡単にいうと、ある場所に来たときにだけ、脳の中で発火する神経細胞です。1971年に神経科学者のジョン・オキーフらが発見して、2014年にはノーベル生理学・医学賞を受賞して話題になりましたよね。
     たとえば、いま私は10メートル四方の部屋にいて、入口からみて右奥のソファに座っています。この部屋の、この位置に来たときにだけ発火する神経細胞があるのです。それが、場所細胞。いったん場所細胞ができると、けっこう安定的なので、次にこの場所に来たときも同じ場所細胞が発火します。

    ――それが、迷路の課題の結果とどう関係しているのでしょうか?

    池谷 さまざまな場所に対応する場所細胞が脳内でどうつながるか、ということが賢さにつながっているのではないでしょうか。
     これは、この道とあの道がつながっているんだということを認識することにも関係していると考えています。初期にいろいろな道に迷い込んで、さまざまな場所細胞ができたマウスほど、場所細胞どうしがうまくリンクできるのかもしれません。

    ――ということは、方向オンチの私は場所細胞がうまく連携できていないということ?

    池谷 ……そういうことかもしれませんね(笑)。方向オンチの人にも場所細胞はある。知識はあっても、知識の使い方がわからないという状況である可能性があります。まさに、こうした問いを今後解いてゆきたいです。

    ――今回の実験でマウスにあたえた課題は、「迷路を解く」というものでしたが、他の課題でも、初期の失敗がその後の学習の効率に影響を与えるのでしょうか?

    池谷 いまの段階では、まだわからないですね。他の課題でしっかり研究した結果がまだないのです。
     ですが、昔から「失敗は成功のもと」といいますし、ほかの課題でも同じような結果になるのではないかな、と思います。マウスの脳と人間の脳のしくみはよく似ているので、同じことが人間にもいえるのではないでしょうか。

    ――池谷先生ご自身も、たくさん失敗したことが、のちの成功につながった! というご経験がおありですか?
     
    池谷 研究者はもともと、毎日が実験、失敗の繰り返しのようなものです。プロとは、その分野のありとあらゆる失敗を知っている人だと思います。
     結局、脳がやっていることは消去法なのでしょうね。失敗から学ぶのです。

    ――失敗を恐れてはいけないということですね。なんだかとても勇気づけられます……。

    池谷 でもじつは、もっとおもしろいことがあって――。
     この実験で「マウスが最短経路を選んだ」という結果が出て、私は衝撃を受けたんです。もっと遠回りの経路を選ぶものだと思っていましたから。

    ――え? どうしてですか?

    池谷 私たちは「最短距離を選ぶ」という結果を当たり前に受け入れてしまいますが、この結果は、マウスにとっては当たり前ではないのです。
     そもそも、マウスは動くことが大好きな動物です。回し車なんかに乗せると、ずっと遊んでいるでしょう。マウスの近道するモチベーションがどこから生まれるのか、理由がサッパリわかりません。
     マウスの実験を手掛けている研究者なら、みんなこの結果を不思議がるはずです。

    ――人間にとっての常識は、マウスにとっての常識ではない、と!

    池谷 そういうことです。なぜ近道を選んだのか、なぜ失敗をすると学習がはやいのか。人間からしてみたら一見、腑に落ちる結果ですが、科学的にはまだわからないことだらけです。マウスの気持ちになってみないとわからない(笑)。

    ――なるほど。これからの研究で、脳のしくみのどんなことがわかってくるのか、ますます楽しみになってきました。
     池谷先生、お忙しい中ありがとうございました!

    【池谷先生の既刊3冊が参考になります!】
    『記憶力を強くする』
    『進化しすぎた脳』
    『単純な脳、複雑な「私」』

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