特別寄稿 熊本地震の読み方 前編:「特異な地震」の構造

  • 2016/04/27

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    特別寄稿 熊本地震の読み方
    前編:「特異な地震」の構造

     かつてない様相をみせている熊本地震は、大きな被害をもたらすとともに、今後どうなるのかが見えないという不安も募らせています。

     いったい、九州の地下では何が起きているのでしょうか? 懸念される南海トラフ巨大地震には影響があるのでしょうか?

     ブルーバックス『富士山噴火』ほかの著書がある地球科学の第一人者、鎌田浩毅さん(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)は、じつは中部九州地域の特殊な地質構造をテーマにして博士論文も書かれています。この熊本地震の「特殊性」について、特別に寄稿していただきました。




     中部九州では現在も、間断なく地震が続いている。
     4月14日21時26分にマグニチュード6.5の「前震」、4月16日1時25分にマグニチュード7.3の「本震」という異様な推移をみせた熊本地震によって、建物の全半壊、道路の陥没、橋の崩落、ダムの漏水、大規模な地滑りなどの大きな被害が続出した。高層ビルをゆっくりと揺らす、強い「長周期地震動」も観測され、4月15日午前0時3分に起きたマグニチュード6.4の「余震」のあとには、ビルの高層階では人が立っていることができないとされる「階級4」の状態が史上初めて出現した。
     
     こうした特異な地震の背景には、じつは中部九州のきわめて特異な「構造」がある。私は30年前に、まさにこの地域の地質的な構造をテーマにして博士論文を書いた(「中部九州における火山構造性陥没地の形成発達史と地質構造」1987年東京大学理学博士、英文336ページ)。その研究成果もふまえながら、熊本地震のなりたちと今後の見通しを考えてみよう。
     

    「豊肥火山地域」の特異な地質構造


     4月14日に発生した最初の地震の震源地は、布田川(ふたがわ)断層帯と日奈久(ひなぐ)断層帯という二つの断層帯が接して延びているところであった。これらはいずれも、典型的な「横ずれ断層」である。南北方向に引っ張られる力によって、地面が水平方向に動く第一級の活断層だ。
     
     横ずれ断層はこの地域では一般的なものであり、これらの断層で大地震の発生確率が高いことは、政府の地震調査研究推進本部も予測していた。だが、熊本地震では震源の深さが約10キロ程度と浅かったことから、地上では震度7というきわめて激しい揺れを引き起こす事態となった。
     
     地質学的にみるとこれらの断層は、東西に横断する「別府‐島原地溝帯」という地質構造に沿って地上に出現した、活断層群の一部とみなすことができる。
     別府‐島原地溝帯とは、北東の端である別府湾から、南西の端である島原半島に至る幅20~40キロ、長さ150キロにおよぶ溝状の地域である。その内部には、由布・鶴見火山、九重火山、阿蘇火山、雲仙火山などの活火山が形成されている。
     
     このうち、大分の別府湾から阿蘇火山にかけての東半分は、地震と噴火が絶え間なく起きることで陥没してできた、特異な地域である。このように大規模な陥没と、大量の火山岩の噴出がほぼ同時に起きた地域は「火山構造性陥没地」と呼ばれている。
     
     そもそも日本列島のなかでも中部九州は、地面が南北に引っ張られている特殊な地域である。その特異さは、構造運動と火山活動が並行して、複合的に起きることにもあらわれている。
     そして別府-島原地溝帯の東半分(大分から阿蘇まで)はまさに、古くから地震と噴火を繰り返す、特異な地質の典型である。従来は西半分(雲仙から島原まで)とひとくくりに「別府‐島原」とされてきたが、じつは西半分とは異なる構造発達史と火山活動史をたどっていたのである。
     
     そこで私は、別府‐島原地溝帯の東半分の地域に対して「豊肥(ほうひ)火山地域」という名称を与えた(図1)。この名は「豊後」(大分県)と「肥後」(熊本県)にまたがることにちなんでいる。

     


    図1 豊肥火山地域 大分から阿蘇にかけての松山‐伊万里構造線、小倉‐田川断層帯の南方延長線、そして大分‐熊本構造線に囲まれた地域は、きわめて特異な地質構造を持っている

     

    大分‐熊本構造線は中央構造線の延長である


     豊肥火山地域は、右横ずれの断層運動によって南北に引っ張られる力がかかることで、地震と噴火が繰り返されて形成された。そして、この地域の南縁で断層運動を生みだしているのが、「大分‐熊本構造線」と呼ばれる地質構造であることも明らかになった。それは、北東から南西方向に向けて地面を斜めに横切る断層を境として、地面が水平に動く「横ずれ断層」の集合体である。
     熊本地震の前震で震源となった布田川‐日奈久断層系も、この構造線の線上にある。大分‐熊本構造線は、熊本地震の将来を予測する意味でも、きわめて重要な構造線である。
     
     私は博士論文とその後の研究で、この構造線が、日本列島をほぼ縦断する大断層「中央構造線」の延長(あるいは分岐のひとつ)であることを明らかにした。
     たとえば、中央構造線の東方への延長は、大分‐熊本構造線上の佐賀関(さがのせき)半島北部にある基盤岩の急上昇部であることが明瞭になった。このように中央構造線は、大分‐熊本構造線上の大分市南部から、佐賀関半島北部にまで、連続して追跡することができるのである。
     
     こうして大分‐熊本構造線が中央構造線と連結することによって、西南日本全体の構造運動の歴史が明らかになった。右横ずれの断層運動が、中部九州の豊肥火山地域における大規模な火山活動とも密接に関連していたのである。
     
     具体的に、豊肥火山地域を構成する火山岩をみると、その大部分は、松山-伊万里構造線、小倉-田川断層帯の南方延長線、そして大分-熊本構造線の3本の構造線の内側に分布する。また火山岩の分布域内には、東西方向の正断層群が密に発達している。
     豊肥火山地域内の火山活動に関しては、以下の3つの事実が判明した。
    (1)中部九州の火山活動は約600万年前に始まった。
    (2)火山活動は初期から現在に至るまで活動規模を減少した。
    (3)その結果、火山岩分布域が中心部(九重火山周辺)に向けて縮小した。
     これらの活動は、今後の中部九州の火山活動を予測するうえでも重要な鍵となるものである。
     

    原動力はフィリピン海プレートの斜め沈む込み


     では、この右横ずれの断層運動はいつから始まったのだろうか。それは、豊肥火山地域における重力異常の配置から読みとることができる。
     重力異常とは、ある地域で計算される標準的な重力の値と、実際に得られる実測値との差のことで、重力異常から地下の地質構造の状態を知ることができる。たとえば、地下に高い密度の物質があると実測値は標準値より大きくなるし、反対に低密度の物質があれば、実測値は小さくなる。
     したがって、ある地域に重力の急傾斜が見えると、その地下には断層などの構造があると推定できる。
     
     私は重力異常を用いて、豊肥火山地域全体の地下構造を推定した。くわしくは省略するが、大分‐熊本構造線沿いの重力急傾斜部は、その右横ずれ断層運動によって基盤岩に形成されるプル・アパート構造を反映していると考えられた。プル・アパート構造とは、地面が水平方向に引っ張られることで、岩盤に亀裂が生じて陥没地ができる構造をいう。
     これに中央構造線上の第四紀(258万年前~現在)の、右横ずれの平均変位速度をあてはめて計算すると、大分‐熊本構造線が形成された時期が求められる。
     
     その結果、大分‐熊本構造線は500万年以上の時間をかけて形成されたことが判明した。つまり、この構造線での右横ずれ運動は、約600万年前から始まっていたのである。
     
     では、この右横ずれ運動の原動力となっているのは何か。それは、フィリピン海プレートのユーラシアプレートへの斜め方向の沈み込みだったのである。
     
     フィリピン海プレートは北西方向に移動しながら、琉球弧北部に対してはほぼ垂直に、西南日本弧に対しては斜めに沈み込んでいる(図2)。この沈み込みが、「南海スライバー」と呼ばれる西方向へ移動する巨大なブロックを形成する。
     これが大分‐熊本構造線の右横ずれ運動を引き起こし、それにともなって豊肥火山地域では構造運動が起こり、大規模な陥没が始まった。そして陥没地域では安山岩溶岩を主体とする大規模な割れ目噴火が起こり、火山構造性陥没地を形成したのである。また、右横ずれ運動にともなって地溝が南北に開くことで、豊肥火山地域は相対的に北東方向へ押し出され、この地域には東西の方向に走る正断層群が発達した。
     


    図2 フィリピン海プレートの沈み込み 日本列島周辺には3枚のプレートが接しており、フィリピン海プレートは北西方向に沈み込んでいる。この運動が、中央構造線の横ずれ断層運動の原動力となっている

     

     これまでに知られているフィリピン海プレートの沈み込み活動の時間変化についての事実を総合すると、沈み込みは九州直下では約1500万年前以降から断続的に起きていて、中部九州の地殻変動を支配する最大の原動力となっている。最も近いところでは約600万年前頃に沈み込みが再開し、現在まで継続していると考えられる。
     おそらくその頃に、プレートの沈み込み速度が現在の速度(1年あたり約4センチメートル)に近い速度にまで急激に増加し、その作用により、地上では大規模な地溝が形成されたのであろう。
     

    南海トラフ巨大地震との関係は?


     このように、今回、初期の熊本地震を引き起こした布田川断層帯と日奈久断層帯という2つの断層帯は、中部九州に広がる特異な火山構造性陥没地――豊肥火山地域と、それをつくりだした大分‐熊本構造線の右横ずれ運動、そしてその原動力としてのフィリピン海プレートの沈み込みという階層的な構造のなかで位置づけることができる(図3)。これらの知見は地球科学の国際学術雑誌にすべて発表してあるので、くわしい内容に興味のある方は以下を参照していただきたい。

     Bulletin of Volcanology 1989年, Tectonophysics 1994年, The Island Arc 1999年  

     


    図3 西南日本弧とフィリピン海プレートの断面 フィリピン海プレートの沈み込みが、中央構造線(大分‐熊本構造線)の断層をつくり、豊肥火山地域の構造運動と火山活動を引き起こしている

     

     しかし、このような地質構造についてはわかっていたものの、実際に中央構造線にからんだ大きな地震は、これまで起きていなかった。大分‐熊本構造線上で連続的な地震が発生したこともなかった。
     日本人が初めて経験する、大分‐熊本構造線上で運動する地震は、地球科学の専門家がすでに予想していた現象と、まったく予想外の新現象とを同時に起こしながら、震源域を次第に北東方向へと拡大している。今後の展開はまったく予断を許さない状況だが、起きつつある地学現象を解読するためには、本稿で紹介した大分-熊本構造線と、豊肥火山地域に残された地質構造の理解がベースになると思う。
     
     なお、今回の地震活動が、近年、強く警戒されるようになった「南海トラフ巨大地震」を誘発するものなのかどうかも、懸念されている。本稿でも中央構造線やフィリピン海プレートとの強い関連性を示したので、より心配に思われたかもしれない。
     しかし、熊本地震は南海トラフ巨大地震を誘発するものではない。南海トラフ巨大地震の震源域までは100~200キロメートルも離れているので、直接的に地震の引き金を引くことはないのだ。
     
     ただし、いまから約20年後に起きると予想される南海トラフ巨大地震に向けて、いま、内陸の直下型地震が増えるプロセスにあることは確かである(拙著『西日本大震災に備えよ』〔PHP新書〕および『京大人気講義 生き抜くための地震学』〔ちくま新書〕を参照)。熊本地震はそのあらわれのひとつという解釈は十分に可能だろう。
     南海トラフ巨大地震と、それにともなう「西日本大震災」の予測については、稿を改めてくわしく説明しよう。(後編に続く)



    鎌田浩毅(かまた・ひろき)

    1955年、東京生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省(現・経済産業省)を経て97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。理学博士。専門は火山学・地球科学・科学コミュニケーション。テレビ・ラジオ・雑誌・書籍で科学を明快に解説し、啓発と教育に熱心な「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気で、教養科目1位の評価。モットーは「面白くて役に立つ教授」。
    科学書の著書に『富士山噴火』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)、『西日本大震災に備えよ』(PHP新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』(ちくま新書)、『地球は火山がつくった』(岩波ジュニア新書)、『地学のツボ』(ちくまプリマー新書)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『せまりくる天災とどう向きあうか』ミネルヴァ書房、『地震と火山』(学研)。
    ビジネス書の著書に『一生モノの超・自己啓発』(朝日新聞出版)、『一生モノの勉強法』『一生モノの時間術』『一生モノの人脈術』『座右の古典』『知的生産な生き方』(以上、東洋経済新報社)、『成功術 時間の戦略』『世界がわかる理系の名著』(以上、文春新書)、『ラクして成果が上がる理系的仕事術』『京大理系教授の伝える技術』(以上、PHP新書)、『一生モノの英語勉強法』『一生モノの英語練習帳』『一生モノの受験活用術』(以上、祥伝社新書)などがある。
    ホームページ:http://www.gaia.h.kyoto-u.ac.jp/~kamata/

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