【サイエンス 7days】 第96回 11月27日~12月3日

  • 2017/11/27

    • ニュース

    第96回 11月27日~12月3日
    初の南極点飛行に成功

    地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今週も "サイエンス7days" のコーナーをお届けします。

    "サイエンス7days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介する「この日なんの日」のコーナーです。

    第96回は今日11月27日から12月3日までの一週間をみていきましょう。

    11月27日 ノーベル賞制定記念日

    スウェーデンの発明家、アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(1833~1896)は、ダイナマイトや混合無煙火薬の発明で巨万の富を築きました。その発明が兵器に用いられたことへの償いの思いをこめて、1895年のこの日に遺言を書きました。遺言の主旨は、自身の富を人類に貢献した人に与えたいというものでした。ノーベルの死後、遺言に基づき、遺産165万ポンドがスウェーデン科学アカデミーに寄付され、これを基金にノーベル財団が設立されました。1901年より毎年、物理学・化学・生理学医学・文学・平和事業の5分野に貢献した人に、ノーベル賞が贈られています(1968年に経済学分野も設立)。授賞式は、毎年ノーベルの命日、12月10日に、平和賞はオスロで、その他の賞はストックホルムで行われます。1901年の第1回受賞者は、W.C.レントゲン(物理学賞)、J.H.ファント・ホフ(化学賞)、E.vonベーリング(生理学・医学賞)ら。2017年現在までの日本国籍の受賞者は、計23名です。

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    『重力波で見える宇宙のはじまり』
    2017年のノーベル物理学賞は、重力波観測への貢献が認められた、アメリカの3人の科学者が受賞。今ホットな話題の重力波といった、宇宙を理解する上で欠かせない問題について、やさしく解説しながら宇宙誕生と進化の謎に迫ります。

    11月28日 太平洋記念日

    1520年のこの日、ポルトガルの航海者フェルディナンド・マゼラン(1480~1521)が、後に「マゼラン海峡」と命名される南米大陸南端の海峡を通過して太平洋に出ました。航海中、天候が良く平和な日が続いたため、この海をPacific Ocean(平和な・穏やかな大洋=「太平洋」)と名づけました。マゼラン自身は、不運にもフィリピンで原住民に殺されてしまうのですが、彼の船は初めて世界を一周して帰国。地球が丸いことを証明したのです。マゼランは、太平洋のほかに南米パタゴニアの名づけ親でもあります。また、マゼラン海峡だけでなく、マゼラン星雲、マゼランペンギン、宇宙探査機マゼランなど多くのものに、航海者マゼランにちなんだ名前がつけられました、

    マゼラン艦隊の航路(Knutux / CC BY-SA 3.0

     

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    『海はどうしてできたのか』
    宇宙で唯一知られる「液体の水」をもつ海は、さながら「地獄絵図」の原始地球でいくつもの「幸運」の末に産声をあげました。原始海洋が想像を絶する数々の逆境の中で、「母なる海」へと変容するまでの過程から、46億年の地球進化史を読み解きます。

    11月29日 米の探検家R.E.バードが飛行機で南極点に(1929年)

    アメリカ海軍少将でもあり、探検家でもあった、リチャード・イヴリン・バード(1888~1957)が、フォード3発機(発動機を三機搭載する飛行機)「フロイド・ベネット号」で初の南極点飛行に成功しました。南極大陸ロス氷原のリトル・アメリカ基地から南極点までを往復。乗務員はバードを含め4名で、飛行時間は15時間51分でした。バードは、その3年半ほど前の1926年5月9日、航空機による初の北極点到達にも成功しています。そのときの使用機はフォッカー3発機「ジョセフィン・フォード」号。ノルウェー領スピッツベルゲンのキングスベイから北極点までを15時間で往復しました。1927年には、バードは2万5000ドルの賞金が懸った大西洋横断飛行にも挑戦しましたが、C.A.リンドバーグに敗れました。ただ、横断には成功。事故で出発が遅れていなければ勝っていたかもしれません。ともあれ、南北両極への飛行成功により、バードは国民的英雄となり、その後、1939年から1950年代まで5度にわたる、アメリカ海軍の南極調査の指揮をとりました。

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    『図解・飛行機のメカニズム』
    セスナからジャンボまで仕組みをのぞき見ることができる1冊。軽く丈夫な機体の構造や安全のための工夫、操縦システム、エンジンと燃料系統、機体システムなど、「より安全に速く大量に」を目指す航空技術の最先端に触れながら、仕組みと実際の作動状況をビジュアル解説します。

    11月30日 北里伝染病研究所の設立(1892年)

    北里柴三郎(1852~1931)は、熊本医学校(現熊本大学医学部)、東京医学校(現東京大学医学部)で医学を学び、内務省衛生局に入局。32歳でドイツに留学すると、病原微生物研究の第一線で学び、破傷風菌の純粋培養、毒素に対する免疫抗体の発見、血清療法の確立、といった世界的な業績をあげました。ところが、39歳で帰国した当時の日本には、北里を受け入れる機関がありませんでした。そこで、日本の宝というべき優秀な研究を埋もれさせてはならないと、福沢諭吉らが私財を投じて設立したのが、日本初となる伝染病研究所でした。東京・芝公園内の研究所で、北里は12年間初代所長として務めました。以後、日本における、伝染病、免疫の研究を牽引。赤痢菌を発見した志賀潔など、細菌学研究に重要な役割を果たした研究者も多く在籍しました。1967年に現在の「東京大学医科学研究所」となり、病院が併設され、がんや免疫疾患、その他の難治疾患を対象にした、最先端の研究が進められています。

    北里柴三郎医学博士

     

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    『新しい免疫入門』
    20世紀の終わりから21世紀の今日にかけて、免疫の“常識”は大きく変わりました。最新の知見をふまえ、免疫という極めて複雑で動的なシステムの中で無数の細胞がどう協力して病原体を撃退するのか、その流れをわかりやすく説明します。

    12月1日 デジタル放送の日

    1990年代後半より、日本におけるテレビ放送のデジタル化の検討が、本格的に始動し、試験的な試みが重ねられるようになりました。2000年の12月1日より、BSデジタル放送が開始され、2003年の同じ日、3大都市圏である東京・大阪および名古屋のNHK3局、民放16社から地上デジタル放送(地デジ)が開始されました。そして奇しくも2006年の同日には全ての県庁所在地および近接する市町村で放送が開始。これらのことから、2006年、地上デジタル放送推進協会(現 デジタル放送推進協会)と総務省が、12月1日を「デジタル放送の日」と制定しました。地上デジタル放送全国開始記念式典が開かれ、翌年以降も東京スカイツリーなどでイベントが開催されています。地デジへの切り替えは徐々に進み、2011年に44都道府県で、残る東北3県も2012年に、アナログ放送終了となり、日本全国地デジ化を達成しました。放送技術はどんどん進化していて、今は4K、8K放送のサービスへ向けて試験放送を開始しています。2020年の東京オリンピックは、鮮やかな画像で観戦を楽しみたいものですね。

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    『図解・テレビの仕組み』
    テレビは、撮影・伝送(放送)・受信の最新技術から成り立つ、最も身近で高度なテクノロジー・システムです。アナログ放送が終了し、地上波放送もデジタル化された現在、テレビに関するテクノロジーは衛星デジタル、地上デジタル、CATV、ワンセグ、さらにはディスプレイも、液晶、プラズマと多岐にわたっています。本書は、この高度なシステムの全体とそれを構成する技術をその原理から、わかりやすく解説します。

    12月2日 北京原人の頭骨発見(1929年)

    中国の考古学者・地質学者の裴文中(1904~1982)が、北京郊外の周口店の石灰洞窟で、北京原人(シナントロプス・ペキネンシスSinanthropus pekinensis)の頭骨を初めて発見(現在の学名は、ホモ・エレクトゥス・ペキネンシスHomo erectus pekinensis)。以後、頭骨6点を含む約40体分の骨格と149本の遊離した歯が発掘されました。しかし、実はそれより3年ほど前に、スウェーデンの地質学者アンダーソンらは、周口店で人類のものらしい歯を発見し、カナダの解剖学者ブラックが、シナントロプス・ペキネンシスと命名していたのです。その後、ドイツの学者ワイデンライヒが研究を進め、詳細な記録やレプリカを残しました。日米開戦の前後に頭骨標本自体は行方不明となってしまうのですが、残された研究記録が、今日の北京原人の研究資料となっています。北京原人はジャワ原人(ピテカントロプ・エレクトゥススPithecanthropus erectus)より進化しているとされ、火や石器を使用していたとみられています。生存年代は、第四紀更新世(洪積世)の中期とされています。

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    『カラー図解 進化の教科書 第1巻~第3巻』
    ハーバード大学、プリンストン大学他全米の200校以上の大学で採用!されている、世界中でもっとも読まれている進化の教科書の決定版。生き生きとしたイメージがわくイラストや写真、具体的な例と、テンポのよい語りで、進化の歴史から最先端の研究成果までがわかりやすく解説されています。

    12月3日 世界初の心臓移植(1967年)

    南アフリカ共和国のケープタウンで、外科医クリスチャン・バーナード(1922~2001)によって、世界初のヒトの心臓移植手術が行われ、成功しました。しかし、元気だった患者は、拒絶反応を防ぐ薬物療法の行き過ぎで肺炎を起こし、18日後の12月21日に死亡しました。翌年には、2回目の心臓移植手術を実施し、術後19ヶ月間(593日)の生存に成功。ちなみに日本での心臓移植1例目は、世界1例目の1年後、世界で30例目に行われ、患者は術後83日間生存しました。バーナードと共に研究したこともある、和田寿郎の施術でしたが、患者の死後、脳死判定や移植適応に関する疑義が指摘され、殺人罪で告発される事態にまでなったのです。これらの手術をきっかけに、世界各国で臓器提供者の死の基準や脳死の問題が議論され、1981年に米国で、1983年にイギリスで、脳死の判定基準が認められ、脳死下の臓器提供が合法化されました。また、心臓移植の手術成績は当初は不良であったものの、免疫抑制剤のサイクロスポリンの登場や心筋保護法の進歩により成績は著しく向上し、特に末期心不全患者の外科治療として定着しています。

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    『心臓の力』
    私たちの心臓は、一日に10万回、生涯ではおよそ30億回もの拍動を繰り返しています。さらに、活性酸素という猛毒にも曝されながら、なぜ心臓は過労死しないのでしょうか? この疑問に挑んだ著者たちは、30億年の進化の過程で心臓に埋め込まれた、絶妙のシステムの存在という驚くべき事実に遭遇します!

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