初めて知った「理化学研究所ってスゴイ!」 仙台から播磨まで5拠点で70人にインタビュー

  • 2017/03/23

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    初めて知った「理化学研究所ってスゴイ!」仙台から播磨まで5拠点で70人にインタビュー

    「山根さん、面白いものを見せてあげましょう」と差し出されたのは、ちくわほどの大きさの半透明のぶにゅぶにゅした不思議な棒だった。それは「98パーセンが水」なのだという。水? こりゃ、いったい何なんだ?

     3月20日、理化学研究所が創立100周年を迎えた。
     通称、理研。日本最大の科学研究所だが、その実態はほとんど知られていない。
     私は、といえば、わかっているつもりだった。理研が完成させた巨大加速器「SPring-8」を取材したのはもう20年も前のことで、それ以降も、いくつかの理研による科学成果の取材は行ってきたのだから。
     だが、100周年を機に「理研の科学力」を徹底して知ろうと取材を始め、呆然とした。研究室の数が約450、研究員は3000人にのぼっていたのだ。

     理研のウェブサイトには詳しい「最新成果」が公開されているので、まずはそれに目を通してからと思ったが、その数は2800件を超えていた。理研とは、「最新成果」にじっくりと目を通すことすら容易でない、まさに日本最大の巨大研究機関だった。
     そこで、取材対象を絞りに絞ったが、それでも会った研究者は3000人のごく一部にすぎなかった。
     そうして会った一人。毎年、ノーベル賞候補として名が伝えられる十倉好紀さん(理研・創発物性科学研究センター長)が差し出したのが、固体の水だった。

    理研・創発物性科学研究センター長の十倉好紀さん。手に持つのがアクアプラスチック。(写真・山根一眞)

     

     水は、固体なら氷と決まっている。だが、これは冷たくない。放置しても溶けて水にはならない。クラゲの体のようだが、長く放置しても干しクラゲにはならない。ただの水にある粉を混ぜれば、5秒で作れる「水プラスチック」。水なので環境にはとてもよろしい。水が材料なので石油は不用で資源には困らない。そして、将来は今のプラスチックに代わる素材になる可能性が大。
     いくら聞いても、既存の「プラスチック」や「水」の固定観念の延長腺上に、こんなものはイメージできなかった。

     このぶにゅぶにゅした「水プラスチック」は、十倉さんが率いる創発物性科学研究センターの相田卓三さんが作り出した常識破りの成果なのだ。相田さんによる「水プラスチック」の論文は、世界中から2万4000回も引用されていた。つまり、「世界の大期待物質」なのだ。論文の引用回数はその研究の「凄さ度」を示すが、十倉さんとなると、さすが親方、その独創的成果は抜きん出ていて、論文の引用回数はじつに8万回だと知った。ノーベル賞候補とされるゆえんでもある。という十倉さんや相田さんは、理研の科学者、3000人のごく一部なのである。

    「世界一になる理由は何があるんでしょうか。2位ではダメなんでしょうか」という蓮舫参議院議員(現・民進党代表)の歴史に残る迷言で危うく潰されそうになったのが、スーパコンピュータ「京」だ。これも理研が作り運用してきた大きな柱だ。だが、それによる研究成果をすらすらと口にできる人は少ない。無償で研究者が利用した場合は成果の公開が原則だが、企業が有償で駆使した場合は成果は公開しなくてよい。そのため、企業がスパコン「京」で開発した製品の多くは、ベールに隠されたままなのだと知った。たとえば、自動車であれば、格段の空力特性で低燃費、衝突事故によるダメージを軽減するボディなど、スパコン「京」が大いに役立ったとしても、メーカーはそんなことは言わないからだ。自動車の衝突実験を「実車」のみで行った場合と比べると、スパコン「京」によるシミュレーションによって日本の全メーカーは年間1000億円以上のコスト軽減ができているはず、とも聞いた。

    2013年1月15日、完成から半年目のスパコン「京」。背後から撮ったレア写真。(写真・山根一眞)

     

     一方、積極的に成果を公開している珍しいメーカーがある。住友ゴム工業だ。住友ゴムは、スパコン「京」を駆使して自動車タイヤのゴムの分子の動きをシミュレーションし、理想的な省エネタイヤを開発、発売した。もし、日本中のクルマがこの省エネタイヤを使えば、日本全体でのガソリンの節約額は8000億円にのぼると試算されていた。
     この省エネタイヤの開発のためには、ゴム内部の分子構造を見る必要があった。そのために利用したのが、理研の「SPring-8」と「SACLA」だった。たとえ話だが、「電子顕微鏡の1億倍よく見える」と言われるX線分析装置が世界最大規模の「SPring-8」(放射光実験施設)で、さらにその1億倍よく見えるとしてデビューしたのが、世界最高性能の「SACLA」(X線自由電子レーザー施設)だ。その「透視」で得た分子の挙動データをスパコン「京」にぶち込むことで、超省エネタイヤの作り方がわかったのである。

    2010年9月、完成間近のX線自由電子レーザー施設「SACLA」の内部を見た。(写真・山根一眞)

     

    「SPring-8」と「SACLA」を駆使して解明できた成果に、光合成の解明がある。あらゆる生物が太陽エネルギーで生きているというのは、植物が光合成をやってくれているおげだ。植物は水と空気中の二酸化炭素を取り込んで、葉を茎や幹を作り果実を結ぶ。アマゾンの鬱蒼たる熱帯雨林もコシヒカリもフライドポテトもマスクメロンもイチゴの「あまおう」も、光合成による炭水化物の生産のおかげだ。光合成は酸素を放出してくれてもいる。光合成によって、私たちの命は支えられている。

     光合成は、太陽光をエネルギーに使い水を分解して酸素と水素を作ってもいる。だが、その化学反応のメカニズムは複雑、かつ超高速で進められているため、長いこと人がとらえ知ることは不可能とされてきた。だが、その壮絶工場の製造工程で必要な化学物質(触媒=タンパク)の正体が、「SPring-8」と「SACLA」で突き止められていた。岡山大学大学院教授、沈建仁さんの大成果だ。その触媒を人工的に合成、化学反応の道筋をつかむことで、水と太陽光だけを原料に、タンクの中で水素エネルギーや食糧、燃料、建材、さらに肥料まで作れるようになる「日」が見え始めたというのだ。

     石油不用のプラスチック、8000億円分のガソリン節約タイヤ、太陽光と水だけで生産できる人類の生命維持資源……。今回の取材では、理化学研究所の研究成果のごく一部に触れただけだが、資源に乏しい日本が、資源輸入に頼らず、環境にダメージを与えず、豊かさを維持していく「持続可能な社会」という魔法を手にできるじゃないか、という確信をもった。

     科学は難しい。最先端科学は理解できない、という人が圧倒的に多い。「日本人がノーベル賞受賞!」というニュースが報じられるたびに日本中が熱くなるが、それぞれの研究内容は一般の人には理解しがたい内容ばかりだ。それは当然のことで、いずれも世界の最先端の科学での業績だからだ。理研の最先端の研究を訪ね歩いたが、私自身、研究者が語る「用語」すら理解できないことがしばしばだった。その「用語」を理化学の専門事典で調べても、収載されていないことが多かった。新しい発見や新しい考え方に対して創られたばかりの「用語」だからだった。

     研究者たちはマイペースで、研究について、その成果について話し続けるのだが、それは、その分野の大学院の最先端の講義を聞いているようなもので、正直、何度も逃げ出したくなった。しかし、仙台、埼玉県和光、横浜、大阪府吹田、神戸、兵庫県播磨と理研の研究拠点を訪ね、およそ70人の研究者に会いインタビューを続けながら、これはえらいことになっているぞ、という思いがどんどん強くなっていった。将来像が見えなかった持続可能な社会は作れるじゃないか、と思ったのはそのひとつだ。

     理化学研究所は、2014年にSTAP細胞をめぐる不幸な事件に突き落とされ、皮肉にもあの事件によってその名が広く知られるようになった。理研を取材しているというと、「あの事件のことか」と聞かれることが多かった。それは、あの出来事が理研のすべてと受けとめらてしまっていることを物語っている。それが、長年にわたり理研を取材してきた私には、何とも無念でならなかった。日本の科学力を語るには、理解するには、理研抜きにはあり得ない。だらこそ、一度、きっりちと理化学研究所の全てを取材して歩きたいという思いがやっと叶ったのである(結果は、その片鱗を知るしかできなかったが)。

     2016年12月、理研の実験核物理学者、森田浩介さんのグループは、日本の科学界の100年以上にわたる悲願だった新元素の合成、そして周期表への記載を、13年半におよぶ苦闘の末になしとげた。「113番元素=ニホニウム」の合成成功は、アルファベットの26文字に新たな1文字を加えたのに匹敵する偉業だ。3月14日、東京・上野の学士会館でその命名式典が行われ私も参列した。臨席された皇太子殿下が、「高校時代に周期表を30枚も手書きして覚えた」というエピソードを紹介された。私は高校時代に、「水兵離別バックの船、なーに間があるシップ直ぐ来らー」の語呂合わせで覚えたが、皇太子殿下はどんな語呂合わせで覚えたのだろう。周期表の語呂合わせは20~30種類はあって、世代によって異なるからだ。

    ついに「113番元素」の合成に成功した直後の2012年11月、理研・和光の仁科加速器研究センターに森田浩介さんを訪ねた。黄色い塊が「113番元素」をとらえた検出装置「GARIS」。(写真・山根一眞)

     

     続いて国際純正・応用化学連合(IUPAC)のナタリア・タラバソ会長が挨拶に立った。会場には、あそこにも、ここにもと、ノーベル賞受賞者を含めた日本を代表する科学者たちの姿があった。こんな厳粛な科学の会を見るのは初めてだった。
     そして、タラバソ会長は、まさに「高らかに」こう締めくくった。
    「IUPAC会長として、113番元素がニホニウムとして命名されたことをここに宣言します」
     理化学研究所は、奇しくも100周年を迎える日の6日前に、日本の科学界の1世紀以上にわたる悲願を達成したのだ。

     この命名宣言は、理研の101年目からの新しい日々の始まりだ。明日から、どんな成果が続くのか目が離せない。
     理研はあまりにも巨大で、私一人でイタンビューを続けることの無力感にさいなまれたが、それでも理研が科学立国・日本の源泉であり、ここに日本の未来の姿があると確信した。理研の研究者たちの取り組みを知らずして、日本の未来を考え、未来を描くことはできない。70人に続き、まだお目にかかっていない2930人のインタビューを行うことは到底不可能だが、一人でも、一テーマでも多く、日本の科学力を知るための取材を続けねばならないと身の引き締まる思いでいる。

     

    [B2009]

    『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』

    著:山根一眞

    113番元素ニホニウムだけじゃない、スパコンからバイオ、脳科学、再生医療まで、幅広い研究で基礎科学を支える日本最大の研究所「理研」。1917年(大正6年)に設立され、高峰譲吉、鈴木梅太郎、長岡半太郎、寺田寅彦、湯川秀樹、朝永振一郎など、日本の科学史を彩る研究者たちが参集した。100年目を迎える2017年には450の研究室、3000人の研究者を擁し、世界有数の研究所として全国に研究施設を持つ。ノンフィクション作家・山根一眞がその研究現場をつぶさに訪ね歩き、今いったいどんな研究が行われ、研究者たちは何を目指しているのか、その全貌を明らかにします。

    定価 : 本体940円(税別)

    ISBN : 978-4-06-502009-8

     

    山根一眞

    ノンフィクション作家。1947年東京都生まれ。獨協大国際環境経済学科特任教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員、理化学研究所相談役、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、NPO子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)理事、3・11支援・大指復興アクション代表などを務める。日本の技術者・科学者を取材した20冊を超える『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)、『環業革命』(講談社)、映画化された『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(講談社プラスα文庫)、『小惑星探査機はやぶさ2の大挑戦』(講談社ブルーバックス)など著書多数。山根一眞オフィシャルホームページ http://www.yamane-office.co.jp/

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