第33回講談社科学出版賞の授賞式が行われました

  • 2017/09/15

    • ニュース

    第33回講談社科学出版賞の授賞式が行われました

    昨日、「講談社科学出版賞」の授賞式が都内で行われ、同賞を『人類と気候の10万年史』で受賞した中川毅さん(立命館大学古気候学研究センター長)が出席されました。

    科学出版賞は、優れた一般向け科学書の著者を顕彰する賞で、今回の受賞作は昨年4月1日から本年3月末日までに新しく刊行された科学書から選ばれました。ブルーバックスから出版された本がこの賞を受賞するのは3年ぶりのことです。

    写真は、科学出版賞と同時に授賞式が行われるノンフィクション賞、エッセイ賞の受賞者のみなさんとの記念撮影の様子です(左から順に、ノンフィクション賞を受賞された梯久美子さんと中村計さん、エッセイ賞を受賞された小泉今日子さんと穂村弘さん、右端が中川さん)。

    中川さんには、受賞を記念して雑誌『本』にエッセイをよせていただきました。本日は、その全文を先行公開します。傑作はどのようにして生まれたのか、ぜひお読みください。

    *  *  *

     

    2003年の11月から2014年の3月まで、足かけ12年をイギリスのニューカッスル大学で教員として過ごした。

    ニューカッスルはイングランド北部で最大の都市であり、近代史においては産業革命で重要な役割を担ったことで知られる。町の中心部には壮麗な建築が今でも多く残っており、当時の栄華をうかがい知ることができる。いっぽう郊外に向けて車を30分も走らせれば、そこには北部イングランド特有の美しい農園やヒースの荒野が地平線にまで広がっている。冬は泣きたくなるほど日没が早いが、春から秋までは過ごしやすい日が多く、日本から持っていった半袖は、11年間ついに一度も使われることがなかった。

    ニューカッスル大学は、そんなニューカッスルの中心部に位置する大型の総合大学である。イギリスの名門大学24校が作る「ラッセル・グループ」の一員であり、私のいた地理学教室は、研究の面でも全国的に高い評価を得ていた。イージージェットとライアンエアという、二つの格安航空会社がニューカッスル空港をハブとしていたことから、ヨーロッパ各地の研究者との交流もきわめて容易だった。慣れない土地での生活に、それなりの苦労があったことは否定しない。だが30代の後半と40代の前半をそのような場所で過ごし、多くの経験と刺激を得る機会に恵まれたことは、研究者として非常に幸運だったと思っている。

     

    とはいえ、イギリスに渡った当時の私が、何かとても前向きな志にあふれて生き生きしていたかというと、必ずしもそうではなかった。

    学位を取得してからイギリスに職を得るまで、私は日本で時限付きのポストを渡り歩きながら食いつないでいた。大学教員の公募には20回ちかく応募したが、すべて不採用に終わった。そのうち時限の職すら年齢制限が迫ってきたころに、思いがけず舞い込んだ就職話に飛びついただけなので、私の中では「ヨーロッパの大学に就職できた」という思いよりも、「日本で就職できなかった」という思いの方が強かった。

    ニューカッスルに赴任するとき、最短の時間と経路では移動しなかった。直行便がなかったのは単に航空会社の都合であるが、経由地のロンドンで3泊もしたのは私の作為である。これから直面するはずの未知の事態が私には恐ろしかったし、自分が本当の意味で通用するとも、助けが期待できるとも思っていなかった。だから、目的地にはなるべく遅くたどり着きたかった。ロンドンの滞在が終わってニューカッスル行きの飛行機に乗り込んだとき、私の心がある種の悲壮感で満たされていたことを今でもよく覚えている。その日のロンドンはまるで何かの予感のように、灰色の雲に高く覆われていた。

    じっさいには、私は着任から2年目に大型の研究資金を獲得し、そこからある国際プロジェクトを主導することで自分の地歩を固めていくことになる。だがあのときテムズ川のほとりで、不安な心を抱えて震えていた自分のことを思い出してみると、それすらもずいぶん後ろ向きに歩いたあげくの、まったく思いがけない結果であったという感慨を禁じることができない。

    野間省伸講談社社長から表彰状を授与される中川さん

     

    イギリスで直面した最初の大きな壁は、英語で講義をすることだった。当然のことだが、大学の教員である以上は学生を相手に講義をしなくてはならない。だが私はそれまで、イギリスはおろか英語圏ですら教育を受けたことがなく、授業のスタイルも採点の仕方も、学生との接し方も、イギリス流がどのようなものかまったく理解していなかった。そもそも私は、英語に対して明確な苦手意識を持っていた。国際学会などで英語の発表をしたことはあったが、それらはせいぜい15分程度の短いトークであり、2時間に及ぶこともある大学の講義は、私にとってまったく別次元の挑戦だった。

    最初の忘れがたい洗礼は、着任の4ヵ月ほど前におこなわれた採用面接にまでさかのぼる。

    6月下旬のよく晴れたある日、私は最終選考に残った3人の候補者の一人として、初夏のニューカッスルに降り立った。選考は午前の部と午後の部とに分けておこなわれた。午前の部は、3人の候補者による研究発表会だった。持ち時間は1人20分、発表は地理学教室の教員と学生であれば誰でも聞くことができ、50人程度を収容できる教室は、じっさいほぼ満席になっていた。

    続いて午後の部は、選考委員だけによる1人30分の面接だった。選考委員は5人、その内訳は、近い分野の研究者が2人、遠い分野の研究者が1人、事務の代表が1人、教育部門の責任者が1人だった。最初の4人に何を訊かれたかは、今となっては覚えていない。忘れられないのは最後の1人、教育部門の責任者の質問である。柔らかい笑顔が印象的なその面接官は、私をまっすぐに見つめてこう言った。

    「あなたが大学に着任したら、必然的にいくつかの講義を受け持つことになる。すべての大学教員がそうであるように、自分が本当の意味で精通していない内容を教えなくてはならないこともある。あなたは今、まさにそのような講義をしている最中だと想像してみて欲しい。学生の人数はおよそ50人、つまり一人一人に注意を行き渡らせることは難しい。講義が始まってからおよそ30分が過ぎ、学生の注意力は散漫になりはじめている。退屈そうな顔をしたり、あくびをかみ殺したりする学生も散見されはじめた。さあ、あなたならどうしますか」

    予期しない質問を受けたことは、もちろんこの時が初めてではない。私を含めてすべての人は、ある程度の想定外を受け入れながら、多少なりとも臨機応変に生きているものである。だがこれほど予想の範囲を外れた質問をされた経験は、少なくとも直近の記憶の中には見つからなかった。しかもその質問は、的外れであるせいで予測が困難なのではなかった。むしろ問われてみれば、採用する側が私にそれを訊くのは当然のことにしか思えなくなった。にもかかわらず、私がその質問をまったく予期できていなかったという事実によって、私は自分と面接官たちとの間にある、絶望的なほど深い溝を実感することができた。

    その日の午前中、私はもちろん緊張していたが、最終選考に残ったことで、同時にいくらか華やいだ気分を味わってもいた。だがこの質問によって、私は自分に期待されていることの本質をはじめて理解し、立ちすくんだのである。

    しばらく呆然とした後、なんとかひねり出した私の答えは、「冗談を言って笑わせる、それで無理なら休憩を入れる」だった。ちなみに期待されていた正解は、「トップダウン形式の講義を中断して、簡単なクイズや作業などのアクティビティを導入する」だったらしい。ニューカッスル大学は新任の講師全員に、2年間におよぶ教育スキルの訓練コースを受講することを義務づけている。そのコースのおかげで、私が面接のときに犯した失敗に気づいたのは、イギリスで仕事をするようになってから、半年以上が過ぎた後のことだった。

    受賞スピーチでは、小泉今日子さんに「あとで握手してください!」と呼びかけ、会場から爆笑を誘う場面も。留学時代に携行した本が、穂村弘さんのデビュー歌集「シンジケート」だったエピソードも披露してくださいました。すごい奇縁!

     

    私がはじめて自分の講義を受け持ったとき、着任から1年2ヵ月が過ぎていた。講義のタイトルは「第四紀古気候学」であり、過去およそ10万年間の気候変動と人類史の関係について、様々な角度から学ぶことを目的としていた。着任してからそれなりの準備期間を与えられたこと、しかも私の専門に近い内容の科目を受け持たせてもらえたことは、未熟だった私のパフォーマンスを見かねた、同僚たちの優しさだったと思っている。

    初回の講義のとき、私はレーザーポインターを持つ手の震えを止めることができなかった。新設の科目だったため、講義の評判といったものはまだ確立していなかった。講師の名前と風貌があきらかに外国人のそれであることも、学生に警戒心を抱かせるのに十分なマイナス要因だったはずだ。けっきょく1学年およそ130人いた学生のうち、私の講義を履修したのは21人に留まった。これはその年に、ニューカッスル大学の地理学教室で開講されたすべての科目の中で、もっとも少ない受講者数だった。自分が講師として未熟であることは分かっていた。私はその21人のために、せめて全力を尽くしたいと思った。

    それから冬学期が終わるまでの4ヵ月間を私がどのように過ごしたか、ここで語ることはしないでおこうと思う。ただ結果として私の講義は、年度末に無記名でおこなわれた学生アンケートにおいて、教室全体の最高ポイントを獲得することができた。この場所で働き続けてもいいのかもしれないと、はじめて思うことができた瞬間だった。

     

    今年の2月に講談社ブルーバックスから上梓した拙著『人類と気候の10万年史』は、ニューカッスル大学で毎年15回にわたって実施していた最終学年向けの講義のうち、ハイライトにあたる第8回から第11回までの内容を土台としつつ、最新の成果を付け加えた構成になっている。まったく退屈ということは、さすがにないだろうと思っていた。だが、まさか講談社科学出版賞をいただけるとまでは想像していなかった。もし私の本に、何らかの楽しめる要素が含まれていたとすれば、その一端はニューカッスル時代に絶えず自分に問いかけていたあの質問、「学生が退屈しはじめている。さあ、あなたならどうする?」に発している気がする。最初は21人だけのために練り上げた内容だったが、日本でより多くの皆さんに楽しんでいただけたら幸いである。

     

    『人類と気候の10万年史』
    過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか

    中川毅 著  定価:920円(税別) ISBN978-4-06-502004-3

新着情報一覧

ページTOPへ