【サイエンス 7days】 第102回 1月8日~1月14日

  • 2018/01/08

    • ニュース

    第102回 1月8日~1月14日
    新国技館の落成式が盛大に行われる

    地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今週も "サイエンス7days" のコーナーをお届けします。

    "サイエンス7days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介する「この日なんの日」のコーナーです。

    第102回は今日1月8日から1月14日までの一週間をみていきましょう。

    1月8日 車椅子の天才、ホーキングが生まれる(1942年)

    イギリスの理論物理学者、スティーヴン・ウィリアム・ホーキングは、1963年にブラックホールの特異点定理を発表し、世界的に名を知られるようになりました。その後、「宇宙創成直後に小さなブラックホールが多数発生する」「ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて消滅する」「ブラックホールには蒸発がある」などの理論を示し、宇宙量子論において画期的な業績をあげました。その一方、ケンブリッジ大学の大学院生であった21歳のときに、筋委縮性側索硬化症を発症し、「車椅子の物理学者」としても知られることとなります。通常なら5年ほどで死に至る病気にかかりながら、奇跡的に進行が緩み、発症から50年以上も生き続けており、数々の研究成果をあげています。1988年刊行の啓蒙書『ホーキング、宇宙を語る』は、「ホーキングの宇宙論」として世界的なベストセラーとなりました。

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    『物理学天才列伝 下』
    ガリレオからホーキングまで、物理学に大きな足跡を残した、学者たち30人の生涯を紹介します。歴史に名が残るキュリー、ラザフォード、ファインマン、ハッブル、また量子論の分野を切り開いたジプランク、ボーア、パウリ、といった天才たちが登場し、物理学発展の歴史をたどることもできます。

    1月9日 新国技館の落成式が盛大に行われる(1985年)

    東京都墨田区横網に完成した新国技館の落成式が、この日行われました。国技館としては2代目。1代目は1909年に、本所回向院の境内に建設され、火災や関東大震災、東京大空襲などによる焼失と再建を繰り返しながら、相撲ファンに愛されてきました。2代目国技館は、地上2階・地下1階、場所を国鉄バス駐泊場(旧両国貨物駅跡地)に移し、工期3年、総工費150億円をかけて建設されました。落成式では、当時の東西両横綱、千代の富士と北の湖による三段構えが披露されました。新国技館での初場所で、千代の富士は「全勝優勝」、怪我を押して強行出場した北の湖は1勝もすることなく途中棄権のまま「引退」と、明暗分かれ、奇しくも力士の世代交代のタイミングと重なることにもなったのです。

    1909年に建てられた、初代国技館

     

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    『格闘技「奥義」の科学』
    中国拳法から空手、相撲、グレーシー柔術まで……。神秘的に見える格闘技の「奥義」も、実は力学的に高度な合理性にもとづいたわざであることを、明らかにする1冊です。わずかに触れただけで相手を吹っ飛ばしたり、3枚重ねの真ん中のレンガだけ割ったり、2倍も体重のある相手の突進を受け止めたり……。あらゆる格闘技において超一流の域に達した人が身につけている、常人にはうかがい知ることのできない「奥義」の秘密を探ります。

    1月10日 糸引き納豆の日

    2011年に全国納豆協同組合連合会が「い(一)と(十)」の語呂合わせで、「糸引き納豆の日」を制定しました。語呂合わせだけではなく、平安時代後期の武将・源義家が後三年の役を平定した時期にちなんでもいます。納豆の起源には諸説ありますが、そのひとつが源義家にまつわる話です。源義家が敵の急襲を受け、あわてて熱い煮豆をわらに詰めて応戦し、戦い後にわらを開くと納豆ができていたというのです。納豆のねばりと、「戦勝の神」とも言われた源義家にあやかって、受験生が合格を祈念する日としてイベントも行われているようです。また、納豆には“ナットウキナーゼ”と呼ばれる納豆にしかない酵素が含まれており、ガン抑制効果や血液をサラサラにする効果が期待できるなど、最強の健康食品であることは、ご存知の通りです。なお、この日とは別に7月10日は「納豆の日」と制定されています。

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    『日本の伝統 発酵の科学』1月16日頃発売予定
    味噌、醤油、納豆、清酒、酢、漬物、鰹節──。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いてきた日本。室町時代にはすでに麹菌を造る「種麹屋」が存在し、発酵の技術は職人技として受け継がれてきました。多様な発酵食品の歴史をたどりながら、現代科学の視点からも理にかなった伝統の技を紹介します。和食文化を支える、世界に類を見ない多彩な発酵食品、その奥深い世界へと読者を誘います。

    1月11日 若田光一乗船のスペースシャトルが打ち上げ(1996年)

    宇宙飛行士として活躍中の若田光一(1963~)は、日本航空の整備訓練部に所属していた1992年に、NASDA(宇宙開発事業団、現JAXA)によりMS(ミッションスペシャリスト)候補に選出されました。NASA(アメリカ航空宇宙局)は、それまでMSのポジションを外国人に認めていなかったのですが、人工衛星の回収という計画のために、日本人を起用することにしたのです。宇宙空間に浮遊する衛星の回収には、スペースシャトルに搭載されているロボットアームの繊細な操作が必要ですが、彼はみごとにこの技術を習得し、この日スペースシャトル「エンデバー」に乗り込み、打ち上げとなりました。若田は22時間かけてロボットアームを操作して、むずかしい人工衛星の回収に成功しました。宇宙での難しい作業ができるようになる、夢がふくらむ出来事でしたね。

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    『完全図解・宇宙手帳』
    ロケット開発から有人宇宙飛行、人工衛星、月・惑星探査、宇宙ステーションまで、半世紀におよぶ世界の宇宙開発・活動の記録を余すところなく収録。1957年に打ち上げられた世界初の人工衛星「スプートニク1号」から始まる、宇宙への挑戦の歩みを詳細なデータと豊富なイラストで紹介。宇宙開発の技術と基礎知識も盛り込まれています。

    1月12日 桜島大噴火(1914年)

    桜島は、日本の九州南部、鹿児島県の鹿児島湾(別称、錦江湾)にある東西約12km、南北約10km、周囲約55km、面積約77平方kmの火山です。活動的で、噴火を繰り返し、いつも噴煙をあげていることで有名な火山ですが、その中でも最大級の「大正大噴火」がこの日、起こりました。噴火とそれに伴う地震(マグニチュード7.1)による死者は58名、負傷者112名、噴火による埋没・全焼家屋約2140戸、など大きな被害となりました。また、輝石安山岩質の溶岩が多量に流出し、幅350m、深さ72mの東桜島水道が埋まり、島は対岸の大隅半島と陸続きとなったのです。噴火後は、土壌や地形など環境の変化により、農家が作る作物もサツマイモ・サトウキビ・タバコから、温州ミカン・桜島小ミカン・ビワなどへ転換することとなりました。

    桜島の大正大噴火で火山灰に覆われた鹿児島市街

     

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    『Q&A 火山噴火 127の疑問』
    噴火といえば、戦後最大の火山災害を引き起こした御嶽山の噴火が記憶に新しいところですが、箱根山、口永良部島、浅間山、桜島など、つぎつぎと火山活動が活発化しています。 東日本大震災の影響なのか、富士山は噴火しないのか、火山災害からどう身を守ればよいのか、噴火予知は可能なのか――火山にまつわるさまざまな疑問に火山学者が回答します。

    1月13日 咸臨丸出航記念日

    1860年のこの日に、江戸幕府の軍艦「咸臨丸」が品川沖を出航したと言われています。渡米目的は、日米修好通商条約批准書の交換でした。アメリカ人水夫の力を借りながら、日本初の正式な太平洋横断航海を達成します。艦長は勝海舟で、福沢諭吉や中浜万次郎(ジョン万次郎)も乗船していました。咸臨丸は、1853年、アメリカ海軍のペリーが黒船を率いて浦賀沖に姿を現したことがきっかけで、鎖国をしていた徳川幕府が海軍創設の必要性を痛感し、オランダ政府に注文した軍艦です。砲12門、3本マストを備えた、長さ49m、木造バーク式と呼ばれる形の船でした。太平洋横断後は幕府の練習艦として用いられるなどし、明治政府に接収され、北海道開拓使の輸送船となりました。船の名前の「咸臨」とは、中国の経典『易経』より取られた言葉で、君臣が互いに親しみ合うことを意味するそうです。

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    『図解・船の科学』
    超高速船、超巨大船はどのようにして建造し、操船するのか――船の基本的な原理までさかのぼり、その構造とシステムを、豊富な写真と図版で詳細に解説します。「揺れない超高速船を実現したユニークな船型とは?」「超高速と自在な後進・横進・その場回頭を実現した推進装置とは」「軽くて丈夫な船体を実現した素材と構造とは?」といった疑問に迫ります。

    1月14日 ドイツの光学技術者E.アッベ没(1905年)

    ドイツの天文学者、数学者、物理学者、実業家であったエルンスト・カール・アッベは、物理学と数学の大学教授を務める傍ら、光学機器製造会社カール・ツァイス社の工場で研究所長としても働いていました。創業者で技術者のカール・ツァイス、光学硝子の開発者、フリードリッヒ・オットー・ショットと協力して、顕微鏡の理論、液浸法、プリズム双眼鏡、屈折計、分光計などの多くの発明、改良、研究を行い、光学機器の性能向上に貢献しました。カール・ツァイスの死後は会社を継ぎ、また私財をすべて共有化して「カール・ツァイス財団」を設立するなど、社業にも学術研究にも、そして地元イエナの町などにも、大きな利益をもたらしました。彼の名は、光学用語の「アッベ数」(または逆分散率)や、寸法計測装置の測定精度に関する原理「アッベの原理」でも知られています。

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    『高校数学でわかる光とレンズ』
    私たちの周りには「光」が満ち溢れています。その光によって周りの世界を見ることができます。レンズを使ったさまざまな光学機器の発明により、見ることのできる世界は、はてしなく広がりました。本書では、「光の性質」「凸レンズと実像の関係」「カメラと目」「虫メガネ、望遠鏡、顕微鏡」「近軸近似と光線追跡」「波としての光」「単色収差」「色収差」「回折と分解能」など、現代光学の知識を解説します。

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