ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

第10回 40万年の「時間旅行」

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博物館で予習をすませ、いざフィールドへ!

 サンギランは「玉ねぎ状」に隆起した土地が削れて、同心円上に時代が違う地層が露出している面白い土地で(第7回参照)、それがたまたま、ジャワ原人が暮らし、化石として残った環境でもあった。だからこそ、今、「初期人類遺跡」として世界的に有名になっている。
 地面という、まさに「面」を進むことで、「層」を見ることができ、ひいては時間を旅することができる天然自然のタイムマシンだ。この場合、道路を走る自動車や、ぼくたちの2本の足が、その“時間旅行”の役割を担う。
 
 海部さんとぼくたちは、博物館を出て、実際に化石が出てくる露頭をめざした。
 それは農村風景の旅でもあった。ジャワ島は人口が本当に稠密(ちゅうみつ)な島なので、初期人類遺跡の世界遺産の中にも、たくさんの人が住んでいる。
 
 収穫後で乾いた水田や、作物を植えたばかりの畑が連なっていた。ソロ川の支流が流れていて、その際(きわ)は緩やかな棚田になっている。
 露頭はいたるところにあって、いずこからも化石が出る可能性がある。サンギランの多くの化石を見つけたのは地元の人だったというのもうなずける。大人なら日々の農作業の合間に、子どもなら遊んでいるなかで、ふと化石を見つける、というのがとてもありそうな雰囲気なのだ。
 
 とりあえず、代表的な地層が見られる露頭の近くまで自動車で移動し、そこから先は歩いた。同行者は、サンギランの発見者ケーニヒスワルトの頃から化石調査に関わっている名門家系の末裔(つまり地元の化石探しの名人)、さらに、日本・インドネシア隊を率いたインドネシア隊の元リーダー・アジズ博士。それに、サンギランの博物館で働いている若者たちも、勉強したいということで一緒に来た。「名人」や「博士」を見る若者たちの目は、きらーんと輝いていた。インドネシアにおける年長者は、日本よりもずっと敬意を払われる傾向にある。
 

地層図

 そして、海部さんは、ここでは、ぼくの隣で解説をしてくれた。贅沢である。
「サンギラン層という湖沼性の地層(主に黒い粘土)の上に、バパン層という河川層が乗っています。ジャワ原人化石がみつかるのは、サンギラン層の上部からバパン層の中部にかけてで、年代幅は40万年、あるいはそれ以上あります。サンギラン層とバパン層との境界域は少し変わっていて、礫混じりの堅い層になってまして、ここだけとくにグレンツバンクと呼ばれています」
 
 湖沼性のサンギラン層のさらに下には、海成層であるプーレン層(結構固い層で、海部さんたちの現在の発掘地サンブンマチャン近くにも同様の地層が露出している)がある。だが、ことサンギランの原人化石について知ろうとするなら、サンギラン層上部から、礫まじりのグレンツバンクを経て、バパン層までを見ればよいことになる。
 ざっと厚さ40メートルほどの地層の中に、およそ120万年前から80万年前までの間の、40万年分(あるいはそれ以上)のジャワ原人の進化の情報が記録されているのだ。
 

原人の化石が出てくるバパン層の露頭を仰ぎ見る(筆者写す)

 自動車でアクセスできたのは、ちょうどバパン層の露頭の近くだった。河川でできた地層なので、地層が斜めに交差するいわゆる斜交層理(クロスラミナ)も見られた。
 数メートルの高さに切り立っており、せり出しているところもあるから、それらが風雨でごろりと落ちてくると、一緒に化石が出てくる、ということもありそうだ。これはかなりドキドキする状況だ。地元の農家の人たちの中には、時間があるときに露頭を切り崩したりして、化石を探す人もいる。農地を広げようと思ったら、化石が出てきたということもある。
 

地層が斜めに交差する斜交層理が見られた(筆者写す)

 かつてNHKがつくったドキュメンタリーで、ジャワ原人の化石で唯一、顔があるサンギラン17号の発見者とされる人物が、発掘地の小さな露頭を鍬(すき)で切り崩す再現シーンを見たことがある。まさにそういうことが、あちこちで行われているのだろう。
 

バパン層の最下部付近に川が流れていた(筆者写す)

 少し歩くと、博物館の若者たちが川沿いで、ある特定の方向をしきりと指さしたり、熱心にメモをとったりしはじめた。聞けば、かつて重要な化石が出たところだという。
「サンギラン2号頭骨化石。例のばらばらになっていたやつですよ」
と海部さん。
 前回にも紹介したけど、ケーニヒスワルトが地元の人たち(多くは子どもたち)に化石を探させて「ひとついくら」で購入していたところ、良好な頭骨が40に割られて持ち込まれた、というあれだ。
 

サンギラン層とバパン層との境界域グレンツバンクを見る「化石探しの名人」と、メモをとる若者(筆者写す)

 川沿いで、長い竹を切り出している竹林の近くだった。田畑ではないものの、やはり、人の活動が色濃い。
「このあたりは、バパン層の最下層に近くて、一部、グレンツバンクも出ていますね」
 海部さんにそう教えられて、ようやく地層の違いに気づいた。
 色が濃くなって、触ってみると固い。グレンツバンクからも重要な化石が出ているので、本当にこういうところから、いつ、化石の新発見があっても不思議ではない。地元の人たちは日々、原人化石に囲まれつつ暮らしている。
 そして、ぼくたちはここまでのところ、バパン層の中上層部から、最下層のグレンツバンクまで、控えめに見ても10万年、20万年スケールの移動をしたことになる。

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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