ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

第15回 人類進化を俯瞰する

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原人ってなんだろう

 アジアの原人をめぐる連載も15回目になって、やっと「そもそも原人ってなに?」という問いを投げかけるところにまできた。
 連載の第8回でサンギランの博物館を訪ね、「顔のある」唯一の標本サンギラン17号と対面したときに、原人の特徴として、
 
 ・頭がぺっちゃんこなかんじ
 ・目の上が出っ張ってる(眼窩上隆起)
 ・頬が尖っている(正確には顔が斜めに突き出ている)
 
 というのを挙げた。
 これは、確かに間違っていない。ただ、ぼくたち現生人類と見比べたときに際立って見える違いを列挙したにすぎない、ともいえる。
 
 もちろん、化石の研究について語る以上、形態を見るのはとても大事。まずはそれをやらないと始まらない。でも、単に形態の違いを識別しただけでは、その背景にある含意は読みとれない。サンギラン博物館でぼくが気づいた先の3点に、海部陽介さんは概ね合格点を出しつつも、そのうちにもっと落ち着いたところ(研究室)でじっくり話しましょう、と言っていたのだった。
 だから、やっぱりそろそろ「原人ってなに?」と問わなければ。

人類進化の5つの段階を考える

海部氏の研究室にあるサンギラン17号の標本

 そのようなわけで、ぼくにとっては「約束の地」でもあった研究室で、海部さんのレクチャーを受けることになった。海部さんは、標本の模型に囲まれた自室で、
「さて、どこから話しましょうか」
 と腕を組んだ。
 時間的にも空間的にも、スケールの大きな話が、まさに始まる予感。
「人類といったときに、だいたい700万年くらいの歴史があると思ってください。その歴史を大ざっぱに言うなら、初期の猿人、猿人、原人、旧人、新人、という段階を通って人類が進化してきたと理解できるんです」
 
 初期の猿人、猿人、原人、旧人、新人。
 用語が、5つ(初期の猿人と、猿人をまとめれば、実質的には4つ)出てきた。「猿」のような人、「原」点の人、「旧」い人、「新」しい人、と覚えれば、簡単に頭に入ってくる。言葉として記憶するのは難しくない。
 大事なのは、この5つの区別を言うとき、それぞれの「段階を通って」人類が進化してきたというふうに考えられていることだ。「原人」とはその段階の中の一つなのだ。
 
 とするなら、「原人」を理解するためには、やはり「原人だけ」を見ていてもだめで、700万年間にわたる人類進化をざっくりと理解しなければならない。だからこそ、海部さんはそこから説き起こした。
 人類の歴史については、細かく見ると数々の論争があり、未解決の問題も多い。だから、すでに多くの証拠が積み上がった定説的な流れを意識しながら見ていこう。

初期の猿人

現在のところ最古の「初期の猿人」サヘラントロプスの頭骨模型

「まず、初期の猿人と言われるグループは、700万年から440万年くらい前のアフリカにいて、半樹上性・半地上性の生活をしていたとされています。これまで知られているなかで一番古いのは、チャドで見つかった700万年前のサヘラントロプス属です。頭骨だけ出てきたんですが、学生さんの実習なんかでは、類人猿の骨の模型と並べて、違いを見てもらったりします。でも、日本では、440万年前のラミダス猿人のほうが有名ですね。標本の数も多いですし、東京大学の諏訪元教授らがエチオピアのアファール盆地で発見したということもあって、一般のメディアでも取り上げられてきました」
 

ラミダス猿人の頭骨模型(カナダのロイヤル・ティレル博物館にて筆者写す)

 人類が類人猿から分かれて独自の道を歩みはじめた際のひとつの指標は、地上性の生活だ。そこで、まず、半樹上性・半地上性の「初期の猿人」が現れた。海部さんの研究室では、700万年前のサヘラントロプスの頭骨の模型が机上に置いてあった。この種は、ひとつだけの頭骨で知られる、いわば「一点もの」だ。さりげなくそこにあるものだから、それほど希少な化石の模型とは思いもしなかった。
 
 一方、ラミダス猿人は全身の復元が可能な程度の標本が出ているため(2009年の『サイエンス』誌に論文が発表されている)どんな人類だったのかより推測しやすい。科博の上野本館にある球形の映像施設「シアター36○(サンロクマル)」では、「人類の旅」というプログラムの冒頭で、ラミダス猿人の復元CGを登場させている。作中のラミダス猿人は、基本的には森林の生活者で、ときには木に登り、ときには地上に降りて二足歩行をしていた。また、植物も動物も食べる雑食とされていた。
 
 なぜ、そこまでわかるのか、というと、やはり、全身の骨がかなりしっかり出ているからだ。
 二足歩行ができたかどうかは脚をみればわかるし、頭骨と脊椎のつき方や骨盤にも特徴が出る。ほかにもいろいろ、ポイントがある。それでも、樹上の生活を捨てていなかったことは、たとえば足の指でものをつかむことができる「把握性の足」の構造からもわかる。何を食べていたかという問題は、歯の特徴からだいたい区別がつく。などなど。
 
 大切なポイントは、初期の猿人であるラミダス猿人が、森林から平原への生活へと適応していく過渡期にあったということだ。まさに過渡期で、直立二足歩行への適応が完成していない時期。ここではそれを押さえておけばいい。
 なお、ラミダス猿人の脳の大きさは、類人猿(チンパンジーやボノボ)と同じくらいの300cc級。さらに身長は120センチくらいだといわれている。
 二足歩行、脳容量、ボディサイズは、これからあとの人類史でとても重視される指標なので、ちょっと意識して書いておく。

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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