ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第2回 リャン・ブア(涼しい洞窟)にて。

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「彼ら」が最初に発見された場所

 インドネシア・フローレス島には、「ホビット」の愛称を持つ小柄な人類、フローレス原人がかつて暮らしていた。島嶼効果で小型化したステゴドン(ゾウ)や、現生種よりも巨大だったハゲコウ(地上性の鳥)、そして、最大の捕食者だったコモドオオトカゲなどとともに、ユニークきわまりない島内世界を彼らは生きた。

 自身の身体のスケールも、まわりの動物たちのスケールも、他の世界とはまったく違う環境で、彼らはどんな暮らしをしていたのだろう。想像をたくましくすると、デフォルメされた映画の中のような光景が思い浮かぶ。それはまさに、ワンダーランド、驚異の世界だったに違いない。

 フローレス原人が暮らした世界を少しでも知るために、2016年3月、現地を訪ねた。まずは彼らの化石が最初に発見されたリャン・ブア洞窟について報告しておこう。

島々の間を飛び、「ホビット」の化石が発掘された地、フローレス島へ

 日本から訪ねるには、インドネシア屈指の観光地バリ島のデンパサール国際空港にたどり着くのが第一歩になる。ここまでは、ルートはいくらでもある。そこから先は、インドネシア国内便でフローレス島の玄関口、ラブアンバジョ(地元の人はバジョ、と呼ぶ)に入る。ぼくが渡航した時点では、1日に2便飛んでいた。

 ちなみに、ラブアンバジョは、コモドオオトカゲが今も生き残っているコモド島やリンチャ島へボートで渡る際の拠点都市でもある。しかし、今回の主目的は、車で3時間から4時間ほど内陸に入った、リャン・ブア洞窟だ。実は、直線距離なら60キロほどなのだが、山道をくねくね進むことから、走破しなければならない距離としては百数十キロとなり、結果、ひどく時間がかかる。ルテンという内陸の中心都市にたどり着けば、行程の9割方が終了で、郊外の田園風景を進むうちに目的地に到着。このあたりの風景は、日本と共通点が多く、親しみが持てる。

ラブアンバジョには現在も生き残っているコモドオオトカゲの模型があった

 リャン・ブア洞窟は、水田がある平地から盛り上がった丘陵のなかほどにあった。入口は直径50メートルほどの半円状になっており、その先は暗くて見えない。かなり奥行きがありそうだ。天井からは、つららのような鍾乳石がぶら下がっている。
 現在進行系の発掘現場なので、有刺鉄線のフェンスがあって、中に入るには現地の管理人に鍵を開けてもらわなければならなかった。
 入ったとたん、ひんやりとした空気を感じた。リャン・ブアとは「涼しい洞窟」という意味とのことだが、それをまさに体感する。
 そして、広い。中に入って目が慣れてくると、左側奥に屈曲する形で洞窟が続いているのがわかった。これは本当に奥行きがありそうだ。

リャン・ブア洞窟1

リャン・ブア洞窟2

リャン・ブア洞窟3

 「ここだよ」と示されたのは、正面から見て左側の「壁沿い」だった。発掘シーズンではないので、トレンチは埋め戻されている。それでも、周囲とは明らかに違う柔らかな土でそれとわかる。歩幅ではかったところ、4メートル×8メートルくらいの大きさの長方形で、それを一番深いところでおよそ10メートル(2016年3月の時点)にまで到達しているそうだ。化石が見つかったのは6メートルくらいだから、そこからさらに掘り進んでいる。周囲には、発掘中の安全を守る崩落防止柵に使った板や竹、さらには昇降用のはしごも残されていた。
 発掘の執念を感じざるをえなかった。いかに石器が出ることがわかっていたとはいえ、この洞窟の中をあちこち掘りまわり、ついには6メートルも下で人類化石を見出したのは、単純にものすごい信念と労力である。

 そして、ひとたび、ここに「別の人類」がいたことを事実として受け入れると、洞窟という異空間を通じて、在りし日につながっているかのような感覚にとらわれた。
 フローレス原人たちは、この洞窟をどんなふうに使っていたのだろうか。
 厳しい日差しを避けるためには充分すぎるくらいだし、夜眠るにしても、ちょっと奥まったところなら、安心して眠れたかもしれない。彼らよりも大柄なコモドオオトカゲは島の「ドラゴン」であり、天敵だったに違いないが、植物の茂みがなく開けた洞窟は、防御上も適していただろう……。

LB1が発掘された場所。調査の時期以外は埋め戻されている

 もっとも、洞窟には危険もある。数十メートルも奥に入ると、暗くて、狭くて、かなり怖い……。水が滴り、深い穴が穿(うが)たれているところもあった。ライトを当てても底が見えず、試しに石を落としたら、少し間をおいて地下の水面を叩く音が戻ってきた。こんなところに落ちたらひとたまりもないし、そもそも、化石になったLB1の女性も、その後に発見されたLB6(別の個人の下顎骨)をはじめとする人類化石の主も、死後すみやかに泥に覆われたがゆえに、このような状態で残された。とすると、洞窟内で命を落とした可能性が高いわけだ。

洞窟の奥に穿たれていた深い穴

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

連載一覧

連載読み物

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文 川端裕人

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