ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第3回 予想外の人類を研究する。

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本当に新種の人類なのか?

 予想もしない場所に、予想もしない人類がいたことがわかった。
 誰もが意表をつかれたわけだから、研究者は当惑しつつも、目の前の現実をいかに説明するかを考える。最初の論文の解釈とは食い違う意見を持つ者も当然出てきて、論争が巻き起こる。
 では、それはどんな論争なのか。海部さんは言う。
「まず、彼らが本当に新種の人類なのか、ということですね。単に病気のホモ・サピエンスにすぎない、という批判が出ました。具体的には、その小さな脳は小頭症、小さな身体はラロン症候群や甲状腺機能障害などによる成長障害ではないかといった意見です。実際、LB1の頭骨は、ちょっと歪んでいるといいますか、左右が非対称性なんです。それが何らかの重篤な成長障害の証拠だという人もいました」。

左右が非対称とされるLB1の頭骨

 「フローレス原人」、あるいは、ホモ・フローレシエンシスは、そもそも存在しないという意見だ。最初の論文では、化石の年代が最も新しい場合、1万2000年前と推定されており、これは現生人類がもう近隣の島まで来ていた時期だ。そういう意味でのリアリティもあり、この主張は一定の支持を集めた。

「サイズの問題」と「距離の問題」

 一方、リャン・ブア洞窟の化石は本当に新種の人類のものだと認める立場の中でも、大きな論争がある。その起源をめぐる問題だ。
「まず、前提として、地理的な条件があります。フローレス島の人類化石は、その時点ではリャン・ブア洞窟の数万年前の地層からしか見つかっていなかったので、化石をたよりに彼らの進化過程を探ることはできませんでした。でも、同じ島のソア盆地というところからは100万年前から70万年前の石器が報告されていて、原始的な人類がこのときまでに渡ってきていたことは確実だったんです。隔絶された島へ何度も人類が渡来したとは考えにくいので、ソア盆地の石器制作者が、おそらくリャン・ブア洞窟の人類の祖先なのだろうということになります」

 ソア盆地については2016年になって大きな展開があって、ぼくも実際訪ねてきたのであとで述べることにして、ここでは発見の直後に巻き起こった、「本当に新種の人類なのか」をめぐっての論争を追う。

 前にも述べた通りフローレス島は、人類が生まれたアフリカから見て、常に「海の向こう」だった島だ。氷期で海面が最も低かった時期でも、バリ島とロンボック島の間のロンボック海峡(フローレス篇第1回参照)は20kmほどの距離があり、おそらく速い海流が流れていた。また、そこをうまく渡れたとしても、その先、おそらくもう一度か二度、数kmの渡海をしないとフローレス島にはたどり着けなかった。

 この移動がいかに困難だったかは、アジア大陸からフローレス島へ渡った動物が乏しいことからもわかる。島の哺乳類としては、げっ歯類とゾウの仲間(ステゴドン)くらいしかいなかった。げっ歯類はアジアから漂着し、ゾウは泳ぐのが達者なので自力で泳いでやってきたと考えられている。しかし霊長類は一般的には水が苦手で、それを克服するのは、ホモ・サピエンスになって、初歩的な航海術を手に入れてからだというのがそれまでの定説だった。

 しかし今や、化石や石器の証拠が積み重なり、フローレス原人の祖先は100万年ほど前、あるいはもっと前に、なんらかの方法でフローレス島に入り、矮小化したと考えるほうが自然なのだ。
 問題は、誰がこの島にやってきて、小さくなったのか、ということだ。

「シナリオは、ふたつあります。まずは、地理的にも近い大柄のジャワ原人がフローレス島へ渡り矮小化したというもの。もうひとつは、ジャワ原人より原始的で身体も脳も小さかった人類から直接進化したというものです」
 ここでは、地理的に近いジャワ原人が小型化したという説を仮説A、もっと原始的で小さな人類から直接進化したという説を仮説Bと呼ぼう。
 これらには、それぞれ長所と短所がある。まず仮説Aから。
「ジャワ原人から進化したとすると、地理的には隣にいたのでいいんですが、ちょっと大きすぎるんです。身長1.6~1.7mにもなりましたので。そこから身長1.1mほどに縮むっていうのは極端だし、脳サイズも半分以下になってしまったことになります。とくに脳サイズはあまりにも小さくなりすぎだと考える研究者が多い」
 脳サイズが半分以下になるというのは、実に劇的な矮小化だ。ことは人類のアイデンティティ、ヒトの定義にすらかかわる問題だから、ここにこだわりを持つ研究者が多いのは当然だ。

 では、仮説Bの長所と短所は何か。
「ジャワ原人ではなく、もっと原始的で小柄な人類、たとえば200万年前のアフリカにいたホモ・ハビリスから直接進化したとなると、矮小化の程度は少し穏やかになります。ただ、この場合、アジアにそこまで原始的な原人が入ってきていたという証拠が、今のところ何もないんです」
 ホモ・ハビリスなど、アフリカの原始的な原人を直接の祖先だとすれば、ジャワ原人よりも小柄なので矮小化の程度は緩和される。しかし、アジアにそのような古い原人が入ってきた証拠は今のところひとつもなく、何千kmも離れたアフリカとフローレス島の間をすっとばし、無理やり結びつけるという居心地の悪さがある。
 さまざまな対立軸で論争が起こり、今も継続中なのだ。

仮説A、仮説Bの長所と短所

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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2017/06/20

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