ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第4回 病気のサピエンスなんかじゃない

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子どもではない、では病気なのか?

 まずは、ウォーミングアップ的に、小さな人類化石LB1は「ホモ・サピエンスの子どもではないか」という、誰もが思い浮かべる可能性について。
 発見した調査隊も、「最初は幼児の骨だと思った」という逸話があるくらいだから、それなりのリアリティがある考え方ではないだろうか。

 しかし海部さんは、あっさりきっぱり言い切った。
「子どもというのはないです。歯が生えそろっています」
 なるほど、その部分では、異論が生じる余地はないのだ。LB1は成人だ。

 では、「病気のホモ・サピエンス説」はどうだろう。
 なんらかの成長障害で、成人ではあるが体が小さかった、という解釈だ。
 もしもこれが本当なら、一番簡単に論争は終息する。少なくとも起源問題は気にしなくてよくなるし、また、矮小化についても、島嶼効果などという不思議な現象ではなく、単に「病気」だった、と済ますことができる。人類学に新たな知見をつけ加えることにはならないものの、論争はすんなり終わってくれるだろう。

 では、具体的にはどんなことが議論されてきたのか。
「小頭症、ラロン症候群(ラロン型低身長症)、甲状腺障害などの病気があげられてきました。ただ、現代人がこういった病気で、LB1のような形態になることをきちんと示した論文はまだありません。一方で、そういった病気の症例だと考えるよりも、むしろ、原人と似た特徴があるという研究なら、アメリカやオーストラリアのさまざまな研究者が論文を出して示してきたんです」
 ホモ・サピエンスが、小頭症、ラロン症候群、甲状腺障害などで、頭も体も小さいままオトナになったとしても、LB1のような形態にはなりそうにはない。むしろ、LB1には、原人の特徴が多いのだという。これはどういうことだろうか。

「じゃあ、手にとって見てください」
 と海部さんから手渡されたのは、LB1のレプリカ(写真1)。記載論文を書くときに、マイクロCTスキャンしたデータから3Dプリンタで出力したものだ。最初は手に持つのもおそるおそるだったが、いつでも出力できるレプリカだと考えると、心に余裕をもって観察できるようになった。
「原人の特徴を覚えていますか? 顔が傾斜して、前に突き出ているのがわかりますね。眼窩上隆起もちょっとあるわけです。ホモ・サピエンスとは全然違いますよね。あと、頭の高さが全然違います。現代人と並べてみると、一目瞭然ですよ」
 海部さんは、研究室にあった現代人の標本を隣に並べてくれた。たまたまだが、インドの人の標本だった。

現代人(ホモ・サピエンス)は──
・頭が丸くて高い。
・顔はストンと切り立っている。
・後頭部が丸い。
・顎のでっぱり、オトガイがある。

LB1は──
・頭が低い。
・顔が前に突き出している。
・後頭部がカクッと屈曲している。
・オトガイがない。

写真1 LB1の頭骨や歯のレプリカ(海部氏の論文より)

 

 以上、アマチュアであるぼくにもすぐに確認できる特徴だ。そして、LB1のほうの特徴は、本連載でジャワ原人について考えたとき、すべて古い人類の特徴として教えてもらったものだ。
 これらの特徴を満たすような「ホモ・サピエンスの病気」は今のところ提唱されておらず、その一方で、原人化石を見慣れた研究者にしてみると、LB1は「原人以外の何者であろうか」ということになるのだ。

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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