ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第5回 誰が祖先なのか?

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誰が小型化したのか?

 2003年、フローレス島で見つかってセンセーションを巻き起こした小型人類の化石は、「病気のホモ・サピエンス」ではなく、やはり新種の小柄な人類だった。
 それも、いわゆるホモ属で、原人クラスのものだった。
 この点において、人類進化の専門家たちは、だいたい合意するようになった。

「病気のホモ・サピエンス」(つまり新種ではない)と強固に主張する研究者もいるものの、直接、標本を手にとって研究している人たちの間では、さすがに「ホモ属の新種」であることは疑われていない。
 では、今この時点での争点はどこか。
 それは、島の環境で小型化を遂げたこの不思議な人類の祖先は誰なのか、という問題だ。
 どんな人たちが、海を渡ってフローレス島に到達し、人類史上これまで知られていなかった小型化を遂げたのか、ということだ(写真1)。

写真1 あまりにも小さなLB1の全身骨格(リャンブア・ミニ博物館/海部陽介氏ら写す)

 

 まず、前提として留意しておきたいのは、フローレス島では、化石が出たリャン・ブア洞窟とは別に、島の東側のソア盆地で、100万年から70万年前の石器が報告されていることだ。そもそも、1965年に初めてリャン・ブア洞窟を試掘したセオドール・ヴァーホーヴェン神父が、その以前にソア盆地で石器と動物化石を発見しており、その流れでリャン・ブア洞窟にも注目した経緯がある。
 神父自身は1990年に亡くなり(1907年生まれ)、フローレス原人の発見を目の当たりにすることはなかったが、一連の発見史の最初にいる人物なので、日本語でももっと詳しい紹介があってもいいかもしれないと思う。今後の課題だ。

 ホモ属の人類が地球に現れてから、一貫して大陸と分断されていた「ウォレス線の向こう側」に何度も移動できたとは考えにくい。したがって、リャン・ブア洞窟に5万年前までいた(当初の推定では1万2000年前から2万年前だったが、2016年に訂正された)とされるフローレス原人の直接の祖先は、100万年前にはすでに島にたどり着いていたと考えるのが自然だ。

 では、祖先になった人類はどういう素性の人たちだったのか。
 議論はその方向に絞られる。
 フローレス篇第3回でも述べたように、仮説は2つある。

 仮説Aは、地理的に近いが体は大きい、ジャワ原人。
 仮説Bは、地理的にも時代的にも遠いが、体はやや小さいホモ・ハビリス、あるいは猿人。
 これらが、最有力な2説だ。

 海部さんは、インドネシア・オーストラリアの共同研究チームに招かれてLB1の頭骨の記載をすることになったため、世界で初めてじっくりとフローレス原人の頭骨と向き合う立場となった。
 LB1の頭骨を東京に運び、東京大学のマイクロCT装置で精密な3Dデータを作り、精巧なレプリカを作成して、研究はスタートした。

  そのときのデータを高精度の3Dプリンタで打ち出したものの一つを、ぼくは海部さんの研究室で見せてもらったわけだ。
 両手の手のひらですっぽりと覆いつくせるのではないかというくらいの、可愛らしい頭骨である。

 ぼくの目には、「可愛らしい」というのが第一に立つのだが、海部さんが培ってきた経験は、ひと目で、その際立った特徴を見出した。
「ぱっと見たときに、フローレス原人の頭骨はジャワ原人のほうに近いなと思いました。僕の絶対的なアドバンテージは、ジャワの化石を全部見て、データを持っていることです。その際には、アフリカの化石も見ながら研究をしてきています。ほかの皆さんは、ジャワを見ずにアフリカだけ見てやってきている。だから違う方向に行っちゃってる気がするんですね」

 これだけなら研究者の勘ということになってしまうので、もう少し敷衍してもらおう。見た目でわかりやすい例はあるだろうか。

「たとえば、ホモ・ハビリスの特徴の一つとして、歯が大きくて、顎が頑丈で、頭蓋底が大きいというのがあります。これ、あまり認識されていないんですけど、200万年前クラスの古い原人の、1つの大きな特徴なんです。顎やその上の頭蓋底が大きいのに、それに対して脳が小っちゃい。ベースが広くて、その上に狭い頭が乗る『ベル型』になります。 それに対して、あとの時期の原人になると、顎が小さくなって、狭くなった脳頭蓋に対して側頭壁、両サイドの壁がもっと立って、頭が丸くなってきます。
 その点でLB1は、ホモ・ハビリスよりもホモ・エレクトス、それも初期のジャワ原人に近いんです。絶対的なサイズはともかく、全体的な形やプロポーション見てやると、圧倒的にこっちだと」

 頭の形は、そのまま脳の容器の形に関係するから、人類進化にとっては本質的なことだ。

 留意しておきたいのは、前回に「ホモ・サピエンスではなく原人」だという理由として述べたことと、今回の「ホモ・ハビリスではなく、ホモ・エレクトスに近い」というのは、結局、頭の形という特徴が大きなポイントになっていることだ。LB1以前には「人類は頭が丸く大きくなって脳容量が増える」というシナリオで語ることができたのだが、シルエットは似ているけど脳容量が減ってしまったというおかしな存在が割り込んできた今、議論が混乱しているともいえる。

 以上は、海部さんがぼくにしてくれた説明だ。
 アマチュア相手なのでわかりやすい部分を選んでくれたのだが、海部さんが2011年に発表した記載論文では、頭蓋骨の特徴を70近くも選び出して、比較考察している。これは、以前にも紹介したジャワ原人の頭蓋骨の比較論文と同じ要領だ。
 ホモ・フロレシエンシスの標本と比較されているのは、ホモ・ハビリス、アフリカのホモ・エレクトス、ジョージアのドマニシ原人、ジャワ島の初期・後期のホモ・エレクトス(ジャワ原人)、中国のホモ・エレクトス(北京原人)、さらに中国で原人のあとに現れる旧人などだ。

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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