ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第6回 そもそもそんなに縮小していたのだろうか

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LB1の脳サイズを精密に測ってみると

 フローレス原人をめぐる論争で、最大の争点は脳サイズの縮小の問題だ。
 ホモ属の登場以来、脳のサイズは拡大の一途をたどり、それ自体がホモ属、つまりヒト属の定義の一大要素だと考えられてきた。しかし、リャン・ブア洞窟から見つかった人類は、もう信じられないくらい小柄で、脳容量も劇的に小さくなっていた。

 もしも海部さんが主張するように、ジャワ原人がフローレス島に入ってから矮小化したのだとすれば、脳サイズは半分くらいになったことになる。

 一方で、240万年から180万年前頃のアフリカにいた、最も初期の原人、ホモ・ハビリスがアフリカを出てフローレス島に来たのだとしたら、縮小の程度は小さくてすむ。
 ホモ・ハビリスの脳容積は、600~800ccくらいで、ホモ・エレクトス(ジャワ原人)は800~1200ccだ。LB1の脳サイズとして当初報告されていた380ccと比べると、ジャワ原人からの矮小化はたしかに大きすぎて、受け入れがたいと感じる研究者が多いのもうなずける。

 しかし、LB1は形態的にはジャワ原人、それも初期のものに似ている。悩ましい。
 そもそも、ホモ・ハビリスはアフリカでは180万年前くらいに姿を消しているので、もしもフローレス島まで到達したなら、その前にアフリカを出ていなければならない。しかし、アジアのどこからもそんなに古い原人化石は出ていない。やはり、いろいろ悩ましい。

 そこで海部さんは、ふと、根本的なことに気がついた。
「ジャワ原人が祖先だとして、LB1は本当にそんなに縮小したのだろうか」と。
 もしかしたら、ジャワ原人からフローレス原人へと移行するシナリオで前提とされている「数字が、そもそも過大だった、あるいは過小だったということはないだろうか。そのために「ジャワ原人が祖先」仮説が、受け入れがたいものに見えているという可能性はないだろうか、と考えたのだ。

「数字とは、具体的には、次の3つだ。
①フローレス原人(LB1)の脳容量
②ジャワ原人の脳容量
③ヒトにおける体の大きさと脳容量の関係(脳サイズの変化曲線)
 2013年に発表された論文で、海部さんはこれら3点をすべて検討した。そしてその結果、これまで言われていたほどの脳の縮小は必要ないこと、したがってジャワ原人が祖先だという仮説は、充分に成立しうる、という結論を導いたのだ。

 はたして、どのように?
「まず、1点目から説明しますと、当時、東京大学のポスドクで、今は北海道大学の准教授になっている久保大輔さんが、高精度CTデータを使ってLB1の脳サイズを正確に定量してくれました。最初に測ったときは、まだちゃんとクリーニングも全部できなくて、頭の中に種籾(もみ)を入れて測るという非常に伝統的な方法でやってるんですね。それで380ccという数字が出てきた。そのあと別の研究者が多少クリーニングして430ccだと言ったり、CTを使って400ccだと言ったり、いろいろ違う数字が出回っていたんです。でも脳サイズを検討するからには、きっちり測っておかなければなりません」

 そこで海部さんたちが採った方法は、2010年代に相応しいものだった。
「まずLB1を東京に持ってきてもらって高精度CT撮影を行い、久保さんがその画像データを使って、頭骨内部のクリーニングをコンピュータ上で丁寧にやりました。そして、ところどころにある破損した部分も、相当に時間をかけて、ひとつひとつ修復していきました(図1)。それで出てきたのが、426ccという数字でした。これはプラスマイナス3ccという高精度の結果で、決定版と言っていいと思います。ですので、2004年の論文にある380ccは過小評価。それよりもうちょっと大きいんです。まずそれが、1点目の成果です」

図1 久保氏らによるLB1の頭骨の修復

 

 フローレス原人の脳サイズとして一番よく引用されていた数字である380ccは、少しだけれど上方修正された。少しとはいえ、割合でいえば、1割増し以上だから結構なものだ。  

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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