ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

〔フローレス篇〕第7回 体が小さくなると脳はどれくらい小さくなるのか

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仮定がおかしいのではないか

 いわゆるフローレス原人、ホモ・フロレシエンシスは、フローレス島という周囲から孤絶した島環境の中で、「島嶼効果」といわれる作用を受け、小柄になったと考えられている。
 それにしても、極端だ。
 身体だけならまだしも、脳サイズにもちょっとありえないくらいの減少が起こった。霊長類進化の大家で、脳の進化について大きな業績のある研究者ロバート・マーティン(シカゴ・フィールド博物館)が、2006年のサイエンス誌で「LB1は小頭症のホモ・サピエンスである」とした際、その点を強調した。
 議論の核となったのは、アロメトリー(allometry)と呼ばれる概念だ。
 Allo-は「異なる」「別の」などを意味する接頭語。metryは「計測」「測量」などを意味する。ふつう「相対成長」と訳されるが、「生物について異なる2つの量を計測したとき、そこにあらわれる関係」くらいの意味だ。

 これだけではあまりにわかりくいので、書き下してみよう。形としては単純だ。
 Y=bXa
 いや、単純を通り越して、おそろしいほどにざっくりとしている。
 しかし、そこには深い含意がある。

 たとえば、ヒトの指の長さと身長には、相関があるかもしれない。太ももの太さと体重にも、相関があるかもしれない。そのとき、それが単純な比例関係であれば、Y=bXという一次式ですむけれど、実際には単純な比例関係ではなく、Y=bXaという関係になることが多い、ということをこの式は意味している。 なお、この式でa が1の時、Y=bXになることに留意。

 マーティンによれば、ホモ・サピエンスの脳容量をY、体重をXとした場合、a の値は0.03から0.17になるという。a は1よりはるかに小さいので、体重が減っても、脳容積
 はさほど減らないということになる。

 この式をホモ属の人類にも適用できると仮定すると、フローレス原人の脳がホモ・エレクトス(ジャワ原人が含まれる種)の脳から進化するためには、ありえないほど身体が縮小しなければならない、というロジックを霊長類進化の大家マーティンは展開したのである。

「平均脳サイズが991ccで、体重60キログラムのホモ・エレクトスが、ホモ・フロレシエンシスの脳サイズ400ccになるためには、体重はどこまで減ればいいのか。アロメトリー式に乗せて計算すると、なんと0.3キログラム以下になってしまう。これは、いくらなんでも非現実的である、というわけです。ちなみにLB1の体重の推定値は、骨の形態から、16~29キログラムだとされています。ホモ・エレクトスが小さくなってホモ・フロレシエンシスになったというのでは、この体重の問題が説明できない。だから、LB1は病的障害のせいで脳が小さくなったとしか考えられない。つまり小頭症のホモ・サピエンスである可能性が高いという主張だったんです」
 トップジャーナルに掲載された大家の意見だけに、影響は大きかったという。

 しかし海部さんは、共同研究者の久保大輔さん(現在、北海道大学准教授)とのディスカッションを通じて、思った。ちょっと仮定がおかしいのではないか、と。
「ホモ・サピエンスの指数の、0.03から0.17というa の値は、デンマーク人という1集団のサンプルから見積もられたものです。でも考えてみたら、それが全人類の傾向を正しく表しているのかはわからないですよね」

 そこで久保さんが、さまざまな文献や自らの測定データにあたり、世界中の多様な20集団の脳頭蓋の容量と身体サイズの関係を調べてみた。
「ホモ・サピエンスという種の傾向を知りたいなら、特定の1集団内の傾向でなく、身体サイズが異なるさまざまなホモ・サピエンスの集団間の傾向を見なければならないと考えたのです。身体サイズは、体重とよく連動しているとされる大腿骨頭サイズで代用しました。これは上半身の体重を受け止めている股関節のサイズと思ってください。各集団の平均値を男女別にプロットして、aの値を求め、それを初期のジャワ原人とLB1との間に適用したらどうなるか、と」

 このとき用いたホモ・サピエンスのデータは、アジア、オーストラリア、ポリネシア、北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカからまんべんなく集められたものだ。身体サイズの大きいヨーロッパ集団や、小柄なピグミーなど、多様な集団が含まれている。久保さんと海部さんはそれらをプロットしていき、デンマーク人のサンプルから見積もった指数とは別の、新たなa の値を求めた。体重の変数がマーティンの研究と異なるので数値での比較はできないが、その結果、ホモ・サピエンスの体重と脳サイズにはより強い相関があることが判明した。つまり体重が減ると、脳サイズも結構小さくなるのである。
 この関係を初期のジャワ原人とLB1との間に適用してみたところ、マーティンの推定は極端すぎることがわかった。

 アロメトリー式の扱いやすいところは、X軸とY軸の両方に対数をとってやると、指数だったaを傾きにした直線として描けることだ。
 実際に描いてみよう。(図1)。
 まず横軸に大腿骨頭径、縦軸に頭蓋腔容積をとる(それぞれ対数であることに注意)。
 その座標上に、海部さんが集めた全ホモ・サピエンス的なデータをプロットして(○が男性、◆が女性)、男女別に傾きを見る(破線が男性、実線が女性)。すると、どちらにもそれなりの傾斜があることがわかる。
 ではこの傾きを、初期ジャワ原人やホモ・ハビリスにも当てはめてやったらどうなるだろう。
 具体的には、ジャワ原人やホモ・ハビリスがいる座標上の位置から、横軸の体重(正確には大腿骨頭径)が小さくなっていく方向に線を伸ばしてやる。すると、それに従って脳容量も小さくなっていく(なお、初期ジャワ原人については大腿骨頭径を推定しているが、それに45~50mmと幅があるのでその範囲を示してある)。

 その結果──
 まず、ホモ・ハビリスについては、フローレス原人LB1のサイズにまで縮小した時に、脳もLB1サイズにまで小さくなることがほぼぴったり説明できた。
 これだけだと「ホモ・ハビリス説」を補強するもののように思えるが、当然ながら、初期ジャワ原人からの縮小も、以前の説よりもLB1に近づくことになった。
 ホモ・ハビリスならほぼ100%、初期のジャワ原人なら75%前後(幅をつけるなら50~100%)、「体が小さくなったから脳も小さくなった」ということで説明できるというのが海部さんの結論だ。

 つまり、海部さんが頭骨や歯の形態的類似性から支持している「初期のジャワ原人説」では、身体サイズの減少効果に加え、さらに25%ほど脳が縮小してフローレス原人の状態になったと考えられる。島に渡った哺乳動物で、身体サイズからの予測以上の脳サイズ縮小が生じた例が報告されていることから、そうした可能性も十分にあるだろうと海部さんらは論文に書いている。

 この研究成果は、フローレス原人は「病気の人だった」説に対しては有効な打撃となり、ジャワ原人がその祖先だという説を補強はしないものの、この説に向けられていたもっとも強力な批判が当たっていないことを示した。

図1 脳サイズと身体サイズの関係
初期ジャワ原人とホモ・ハビリスの大腿骨頭径をLB1の状態まで減少させたときの頭蓋腔要領を予測したもの

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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