ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

文 川端裕人

監修 海部陽介(国立科学博物館 人類史研究グループ長)

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか?
なぜぼくたちだけが生き残ったのか?
人類進化のホットスポット、アジアの化石発掘現場から始まる壮大な謎解きの旅!

(画像提供:国立科学博物館)

最終回 化石が物語る衝撃の事実

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70万年前から小さかった!

 2016年6月。ぼくがフローレス島を訪ねてほぼ3ヵ月後、国立科学博物館から各メディアに、プレスリリースが送られた。
 イギリスの科学誌『ネイチャー』に、海部さんらの研究チームの論文が発表されたのである。
「フローレス島で発見された中期更新世前半の化石はホモ・フロレシエンシスと類似する」("Homo floresiensis-like fossils from the early Middle Pleistocene of Flores")というタイトルで、ソア盆地マタ・メンゲで発見された人類化石について報告し、考察している。

 発見されたのは、人類の下顎骨1点と歯6点だ。下顎骨は成人のもので、歯のうち4つは永久歯、2つは乳歯だった。少なくとも3個体に属するものだと考えられる。
 いずれも「サイト32」、ぼくが訪ねた発掘現場から2014年に発掘された。年代は70年万年前(80~65万年前)と推定され、リャン・ブア洞窟のフローレス原人(LB1などの化石標本)の10~6万年前よりも、ずっと前のものだ。

 ただしタイトルでは、新しく発見された化石を「フローレス原人である」と断定しているわけではなく、「似ている」と指摘している。従来、古い人類の化石が出ると想定されていなかった孤絶した島だから、フローレス原人の祖先だと期待されるわけだが、歯と下顎骨以外の部分が未発見であったために慎重な姿勢をとった。

 第一著者には、発掘隊の主力であるオーストラリア・ウーロンゴン大学のゲリット・ヴァンデンバーグ博士が立った。化石を詳細に分析した海部さんの名は、その隣にある。注釈には「二人は業績に等しく貢献した」とあり、事実上、「第一著者が二人」という扱いになっている。
「びっくりしたのは、70万年前の時点で小さいんですよ。リャン・ブアのフローレス原人と同じどころか、こちらのほうが少し小さいくらいだった。でも、大きな問題点がありました。歯が小さいことは確実なんですが、その他の部位としては、下顎骨しかない。しかも、その下顎骨は破損で歯が抜けていて、大人ではない可能性が残っていました。子どもなら小さいのは当たり前ですから」

 そこで、海部さんたちは、成長段階を見きわめるための決め手を探した。下顎骨には3本分の歯の歯槽、つまりソケットが部分的に残っていた。これらが第1、第2、第3大臼歯のものであれば大人、小臼歯と第1大臼歯、第2大臼歯のものであれば歯が生え揃っていない子どもとなる。CTスキャンで内部構造を確認すると、下顎管と呼ばれる神経の通る穴がくっきりと見えた。その位置関係から、前者、つまり大人のものであることが確定した。やはりマタ・メンゲの人類は、リャン・ブアのフローレス原人のような超小型人類だったのだ!

 次に海部さんたちは、例によって詳細な形態の比較を行った。300万年以上前のアフリカの猿人アウストラロピテクス・アファレンシス、200万年前頃のアフリカの原人ホモ・ハビリス、100万年前頃のホモ・エレクトス(初期のジャワ原人)、70万年前頃の北京原人、そして、もちろん、リャン・ブア洞窟のフローレス原人などと比較したのだ。
 その結果、ソア盆地のマタ・メンゲの化石は、リャン・ブア洞窟のフローレス原人とよく似ているという結論になった。と同時に、初期のジャワ原人とも似ていたというのも大きなポイントだ。

「まず、下顎骨ですが、猿人やホモ・ハビリスほど原始的ではなく、初期のジャワ原人、そしてリャン・ブア洞窟のフローレス原人と共通する特徴がありました(写真1)」

写真1 ソア盆地で発見された70万年前の成人の下顎骨化石(右側の破片)
(撮影/海部陽介)

 

 海部さんはそう言い、さらに続ける。
「歯のほうも、やはり初期のジャワ原人に近いです。リャン・ブア洞窟のフローレス原人(LB1や、その後に発見された別の個体の下顎LB6/1)の歯は、原始的な特徴と特殊化した特徴がモザイクになっていると前に言いましたよね。ところが、ソア盆地で見つかった70万年前のこれらの化石では、その特殊化した部分──4咬頭で前後に短い歯冠の形、というふうに言います──がなく、むしろ初期のジャワ原人に近いんです(写真2)」

写真2 下顎大臼歯の比較
左からソア盆地の化石、リャン・ブアのフローレス原人、現代日本人
(製作/河野礼子)

 

 ここで、リャン・ブア洞窟の歯の標本を精査したことが活きてきたことに注目。大臼歯の歯冠にあるでっぱり、いわゆる咬頭が単純化して4つになっているというのは、フローレス原人と現代人が共有する部分で、不思議な特殊化なのだった(なお現代人は5咬頭と4咬頭が混在する。念のため)。

 では、ジャワ島の原人化石から、リャン・ブア洞窟の原人化石、そして今回のソア盆地の化石まで、すべてのデータを持ち、また実際に手にとって精査してきたからこそ描くことができるシナリオとは──。
 初期のジャワ原人→ソア盆地の人類→リャン・ブア洞窟のフローレス原人
 というものだ。

 「化石だけじゃなくて、石器も一つの証拠です。マタ・メンゲとリャン・ブアの石器は、同じタイプのものが出ていて、これらの間に継続性があったと考えられます。数十万年の間、動物相が大幅に変わった証拠もありませんし、その間、安定した環境だったのでしょう」

人間の「人間らしさ」とは?

 それにしても驚かされるのは、70万年前のソア盆地から出てきた化石が、数十万年後のリャン・ブア洞窟の「ホビット」同様に、「小さい人」だったことだ。とくに下顎骨(SOA-MM1)は、ホモ・フロレシエンシスのタイプ標本であるLB1や第二の個体LB6/1の下顎に比べても、やや小さいくらいなのである。
 まったくもって、次から次へと驚きが尽きない。そして慎重な議論が必要になっている。

「とにかく、フローレス島で原人がとげた極端な小型化は、非常に起源が古く、70万年前までには起こっていたことがわかったわけです。これは、やはり衝撃ですよ。フローレス島で石器が出てくるのは100万年前くらいの地層からなので、島に来てから30万年の間ここまで縮み、その後ずっと小さいままでいたということになるのですから」

 ただ、これがありえないことかというと、極端な例ではイギリスのジャージー島のシカが、6000年の間に6分の1に縮んだという話があるという。 「それでも霊長類では、こんな矮小化は知られていません。そもそも、人類の集団にこんなことが起こりえたというのが、本当に驚きなんです」

 リャン・ブア洞窟での発見では、「こんなに小さな人類がいた」という衝撃が世界中に広がった。当時の推定では1万2000年前まで生存していたかもしれない(現在の推定はせいぜい5万年前)ということが拍車をかけた。
 これに対し、今回のソア盆地での発見は、フローレス原人の祖先は島に入ってくると速やかに小型化し、その状態で安定していたことを、強く示唆している。人類が「普通の動物」のように、隔絶された孤島の環境にかくも強く影響されるのか、という意味でも、衝撃である。いわば人間の「人間らしさ」について、新たな疑問を投げかけたのだ。
 それゆえ、論文を出した海部さんたちのチームが把握しているだけでも、世界中で600以上もの媒体がニュースを報じたという。

 なお、この発見のもう一つの重要な意義は、「フローレス原人は病気のホモ・サピエンスである」説が事実上、棄却されたことだ。70万年前には、ホモ・サピエンスは揺籃の地アフリカでも、まだ生まれていないからだ。

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

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