サンゴ礁からの警鐘 「7割死滅」の次に待ち受けていること

山本智之

「国内最大のサンゴ礁で97%白化、半分以上が死滅」
昨秋、沖縄本島の南西に浮かぶ八重山諸島の美しい海から、悲しく切ないニュースが飛び込んできました。
続報が打たれるたびにこれらの数値は悪化の一途をたどり、ついに70%超ものサンゴが死滅していたことが判明したのです。
「沖縄のサンゴ礁?」
遠く離れた地の、自分とは縁遠い話と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今あの海域で起こっている“大異変”は、四方を海に囲まれた日本の近海に迫りつつある危機の前触れでもあるのです。
数多くの海の生きものたちが生息し、世界中のダイバーたちに愛される海域で、いったい何が起こっているのか。そしてその影響は、日本を取り巻く海洋環境をどう変えていくのか──。
20年におよぶ豊富な潜水取材経験をもつ科学ジャーナリストが、5回にわたって送る精緻なリポート。

上空から望む石西礁湖

第1回 「海の生物多様性」が危ない

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 沖縄県の石垣島と西表島の間には、日本最大のサンゴ礁域が広がっている。
 東西約20キロメートル、南北約15キロメートル。「石垣」と「西表」から1文字ずつをとって、「石西礁湖」(せきせいしょうこ)とよばれている(図1)。

 環境省は2017年1月、この海域で大規模な「白化現象」が発生し、7割のサンゴが死滅したとする調査結果を発表した。白化とは、高い海水温などの影響でサンゴが白っぽく変色し、衰弱する現象である。

図1 石西礁湖の位置

「石西礁湖」は生物多様性の宝庫

 日本の海に分布する造礁サンゴには、400種余りが知られている。このうち、石西礁湖を含む八重山諸島の海には、360種を超すサンゴが分布している。世界的にみてもサンゴの種類が豊富な海域であり、日本が誇る「生物多様性の宝庫」といえる。

 テーブル状や枝状など、さまざまな形のサンゴが折り重なるようにして美しい海中景観を作り出し、色とりどりの魚たちが集まる。多くのダイバーを魅了するこの海域は、観光資源として重要なだけでなく、ブダイ類やハタ類などの食用魚、貝類など、豊かな海の幸をもたらしてくれる。また、島を取り囲むサンゴには、高波から島を守る「天然の防波堤」としての機能もある(写真1)。

写真1 石西礁湖の一部。島を取り囲むサンゴは「天然の防波堤」でもある=山本智之撮影 

 サンゴは、幼生の時期に海を漂い、流れ着いた場所の海底に着底して育つ。このため、サンゴの数も種類も豊富な石西礁湖は、周辺海域への「幼生の供給源」としても重要だ。しかし、その貴重な石西礁湖のサンゴがいま、危機に直面している──。

9割超のサンゴが白化し、7割が死滅した

 環境省は、石西礁湖内の35ヵ所で継続的にサンゴの状態を調べている。2016年7~8月の段階で、白化率はすでに89.6%にのぼり、海底には白く変わり果てたサンゴが多数みられた(写真2)。ただ、このときはまだ、死んだサンゴ群体の割合は全体の5.4%にとどまっていた。

写真2 白化現象が発生し、白っぽく変色した石西礁湖のサンゴ=2016年8月、環境省提供

 白化現象は、「サンゴの死」とイコールではない。いったん白化して衰弱したサンゴも、高かった海水温が下がるなど環境条件が改善すれば、ふたたび健全な状態に戻ることがある。その一方で、サンゴの種類にもよるが、白化した状態が数週間続くとサンゴは死んでしまう。石西礁湖で起きた今回の白化では、秋に入ると事態はさらに厳しさを増していった。

 9~10月に再度、調査をしたところ、海底を覆うサンゴの97%に白化現象が広がり、死んだサンゴ群体の割合が56.7%へと激増したのである。

 10月に撮影された石西礁湖の水中写真(写真3)は、一見すると、白化したサンゴの合間に、色の濃い元気なサンゴが残っているように見える。しかし実際には、色の濃いサンゴはすでに死滅し、表面が茶色い藻に覆われてしまったものだ。つまり、この写真の海底は、白く変わり果てて死を待つサンゴと、すでに死滅して表面が藻に覆われたサンゴとが、混在した状態なのである。

写真3 「白化したサンゴ」と「死んだサンゴ」が混在する海底=2016年10月、環境省提供

 11月末には、ほぼすべてのサンゴが死滅した海域も見つかった(写真4)。そして、死んだサンゴの割合はさらに増え、70.1%に達した(図2)。

写真4 ほぼすべてのサンゴが死滅した海底=2016年11月末、環境省提供

図2 石西礁湖のサンゴの状態(2016年11月~12月調査、環境省による)

30℃を超す高い海水温が引き金に

 深刻な白化現象が起きた直接の原因としては、6月から9月にかけて30℃を超すような高い海水温が続いた影響が大きい(図3)。

 夏場でも、台風が来れば海水が上下にかき混ぜられ、海水温は低下する。しかし、沖縄気象台によれば、2016年は台風の発生時期が全体的に遅く、特に、石西礁湖など八重山地方は9月の前半まで台風がほとんど接近しなかった。高気圧に覆われて晴天が多く、海水温の高い状態が続いてしまったのである。

図3 石西礁湖の海水温(2016年3月~12月、環境省提供) 6月から9月にかけて30℃を超える高い海水温が続き、大規模な白化現象の原因になった。

 2016年における世界と日本の年平均気温は、いずれも統計開始以来、最も高かった──。気象庁は同年12月、速報値を報道発表した。それによれば、世界の年平均気温偏差(平均気温から30年平均値を差し引いた値)はプラス0.46℃で、統計をとり始めた1891年以降で最高となった。日本の年平均気温偏差はプラス0.88℃で、この値も1898年の統計開始以来、最も高いものである。

 年平均気温は、世界で100年あたり0.72℃、日本では1.19℃の割合で上昇している。そして、国内だけでなく世界的にみても、1990年代半ば以降、高温の年が特に目立つようになった。2016年の高温を招いた要因としては、2014年夏から2016年春まで続いたエルニーニョ現象の影響もある。

 ただし、近年、「高温の年」が頻出している原因として、気象庁は「二酸化炭素などの温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の影響」を挙げている。

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山本智之

やまもと・ともゆき

1966年生まれ。朝日新聞科学医療部記者。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年、朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。主な著書に『海洋大異変──日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版、2015年)、『今さら聞けない科学の常識』(講談社ブルーバックス・共著、2008年)など。

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