さがせ、おもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く

この連載は、ブルーバックス編集部が最先端の研究を行う現場にお邪魔して、そこにどんな研究者がいるのか、どんなことが行われているのかをリポートする研究室探訪記です。
いまこの瞬間、どんなサイエンスが生まれようとしているのか。論文や本となって発表される研究成果の裏側はどうなっているのか。研究に携わるあらゆる人にフォーカスを当てていきます。
書籍としてのブルーバックスとはまた違った視点で見る、科学の現場をお楽しみください。

0.03ミリに挑む“削りの魔術師”
鉄も透ける「はくへん」ってなんだ?

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(取材・文 中川隆夫)

厚さ30ミクロンの岩石!?

刑事ドラマにたとえるなら、刑事と鑑識官だろうか。
現場を歩き回る刑事と、残された遺留品から証拠の痕跡を探し出す鑑識官。このどちらが欠けても、犯人確定には至らない。科学研究の現場にも、この両者のような関係性があるという。鑑識官は粘り強さと、自分の仕事に絶対の自信をもった職人肌の人間としてドラマでは描かれる。では、研究室を支える職人とはいったいどのような人たちなのだろう。今回のブルーバックス探検隊は、研究を支える職人技をもつ人たちを訪ねることにした。

産業技術総合研究所・地質情報基盤センターの廊下の奥にはひっそりと、鍵のかかったドアがある。その先にある細長い小さな部屋で待ち構えていたのは、同センター・地質標本館室の大和田朗さんと平林恵理さんだ。
大和田さんは、野太い声に自信に満ちた笑顔で探検隊を出迎えてくれた。下町の町工場の社長のような雰囲気だ。平林さんもちゃきちゃきで下町の姉御タイプ。お二人とも、これまで探訪してきた研究室ではあまり見かけないタイプとお見受けした。

大和田さん

 

この奥まった一室で彼らは、「薄片(はくへん)」を作っている。薄片と聞いても、ほとんどの人はイメージがわかないだろう。まず口を開いて説明してくれたのは平林さん。
「薄片をなんのために作るのか、その研究目的は研究者が説明すべきことですが、要するに岩石を薄くして、顕微鏡で観察するために作製するのです。その厚みは、約30ミクロンです」
厚さ30ミクロン(0.03ミリ)と言われても、どうもピンとこない。大和田さんによると、私たちが日々、なにげなくめくっている新聞紙の半分以下の厚さだという。ふだん、新聞紙の厚みを意識してめくっていない身としては、その半分以下と言われても実感がわかない。
「じゃあ、これを手に取ってみてください。化石サンゴの薄片で、厚さはちょうど30ミクロンです」
平林さんが渡してくれたのは、イトトンボの羽のように、うっすらと透けて見えそうな石だった。指先でもっても厚みを感じないほど、薄い! 驚きながら、他の隊員に手渡そうとしたら、パリッと折れた。驚きに後悔が混じって、思わず「アッ!」と声が出た。
「アラ、どうしましょう!?」
茶目っ気たっぷりに声を上げる平林さん。なんだか、あらかじめ仕掛けられたコントのような状況にますます焦った。
こちらの慌てっぷりを予想していたかのように、「背面を接着剤で補強しなければ、ビーカーの上にそっと置いただけで割れるんです」と、フォローが入った。それほど繊細なものを扱っているのだ(写真1)。

写真1 化石サンゴを透けるほど薄く削って作った翅(はね)

 

鉄が透き通る!?

薄片の説明に戻ろう。
小・中学生のころ、顕微鏡を覗くときに、拡大する目的の対象物をスライドガラスに載せたことを思い出してほしい。拡大して観察する目的の対象物を、「試料」と総称する。
薄片も、これと同じことだ。スライドガラスに載せるために、普通切手より小さいぐらいのサイズに切り、その厚みを30ミクロンに収まるまで削る(図1)。問題は、紙ではなく、「石を薄くする」というところにある。

図1 薄片の構造

 

「岩石の中に含まれる鉱物の種類を見極める目的で、研究者は『試料』をここに持ち込みます。偏光顕微鏡を使って調べるために、約30ミクロンまで薄くするのです。ただ、これは世界標準の数字で、日本人はもっと薄く、25~28ミクロンあたりを求めてくる研究者がいます。もっと言えば、鉄を含んだ岩石の場合、鉄を透き通らせるために3~5ミクロンまでもっていくこともあります。対象となる岩石の組成を観察しやすい厚さに合わせるのが基本です」(大和田さん)
鉄が透き通る薄さ!? そんなに削って壊れないんですか?――思わず訊ねた。
「それを壊してしまっては、プロとしてやっていけないでしょう」と大和田さんが一笑する。

持ち込まれる岩石は当然、石ころの状態で、片手に載るほどの大きさだ。それをまず、スライドガラスに載る程度の大きさに切る。これは、岩石切断機という機械を用いて、丸太を切るような回転歯でスライスする。この段階では、まだ厚さ数ミリ。次に、高速回転するレコード盤のような研磨機の上で、スライドガラスに接着する試料面を平らに研磨する。その後、磨いた面を合成樹脂でスライドガラスに接着。このスライドガラスをふたたび岩石切断機にかけ、さらに石片をスライスする。この二次切断を終えると、試料の石は厚さ130ミクロンほどになる(写真2)。

写真2 二次切断のようす。試料の厚さはまだ130ミクロンある

 

 

ここから先が、指先の出番だ。
スライドガラスに接着剤で貼りつけた石の面を、約30ミクロンの厚さまで薄く平らに削っていくのだ(写真3)。
百聞は一見にしかず。大和田さんが花崗岩をサンプルにその作業を始めた。われわれ探検隊の目の前で、130ミクロンの厚みから100ミクロン分を削って見せてくれるという。
「昔はね、薄片にする過程で100回は顕微鏡を見て確認しろと、言われたものです。でも、私は弟子たちに、『見るな』と言っている」
大和田さんはそう話しながら、スライドガラスを手にとって研磨機に押しつけた(写真4)。
研磨機は、鈍い音をたてながら高速回転している。回転板の上には、水分を含んだ研磨材が薄く流れている。
「この灰緑色に見える研磨材は、炭化ケイ素です」と解説しながら、大和田さんの指先は回転盤の中心から周辺へと移動する。指先で押さえつけられたスライドガラスは、まるで生き物のように大和田さんの指の先でスライドしていく。押さえる位置をテキパキと変えていく、迷いのない指の動き。
ものの数分もかからなかった。

写真3 観察対象となる試料の表面を研磨機で削っていく

 

写真4 研磨する大和田さん

 

 

「これで終了。本当は最終工程のメノウ盤で磨く作業があるのですが(写真5)、今日は厚みの確認だから割愛します」と言って、スライドガラスを偏光顕微鏡に載せた。
「やや黄色みがかった白色に近い色が見えるはずです。その色が見えるということは、やや厚めの30ミクロンということになります」
こう言って、顕微鏡をすすめた。大和田さんはここまで、ただの一度も顕微鏡を見ていない。自身の指の感覚だけで、新聞紙の半分の厚みを確認しているのだ。す、すごい……!

写真5 最終工程であるメノウ盤上での手ずり研磨

 

美しさの裏にある「セオリー」

偏光顕微鏡を覗くと、確かに大和田さんの言葉どおりの色が見えた。
「干渉色」と言って、同じ鉱物でも、薄片の厚みによって色が変わって見える性質を利用しているのだという。
「ああ、本当だ」と顕微鏡から目が離せないでいると、横で声がする。
「これが“大和田マジック”です」と平林さんがにっこり。
通常は、岩石に含まれる鉱物の干渉色を見本と照らし合わせながら、その厚みを判断する。ところが大和田さんは、一度も偏光顕微鏡を見ない。見本と照合することなく、ピタリと厚さを合わせる――それが、大和田マジックの真髄なのだ。
でも、どうしてミクロン単位の厚さがわかるの!?

「う~ん、指先の感覚と、研磨材の流れ方かな」

ますます、大和田さんが町工場の社長に見えてきた。町工場の職人には、大和田さんのように、指先の感覚だけで精密機械のような加工をする人たちがいる。金属加工か岩石研磨かの違いだけである。
大和田さんに、あえて訊ねてみた。――指先で、どれくらいの厚さの差までわかりますか。
「右手の人差し指で5ミクロン、左手だと3ミクロンぐらいの感度がありますね。右のほうが日常生活のなかで他のことに指を使う機会が多いので、感度がちょっと落ちる」

なるほど。この感覚は、言葉で伝えられるものではなく、経験でつかんでいくしかない。大和田さんが「顕微鏡を見るな」と弟子に言うのは、感触や目視で判断して、厚さを一発で決めろという意味なのだ。
職人技といえば、機械生産とは対照的にじっくり時間をかけて行うイメージがある。ところが、薄片作りは「コツコツと丁寧に」ではダメだという。
「速く丁寧に、最高のものを作れと言っているんです。顕微鏡と研磨機を行ったり来たりしていると、スライドガラスに傷がつきやすい。それに、石に柔らかい粘土などが含まれていると、モタモタしているうちに水分を含んでふくらんでしまう」

つねに最高のものを――。それが大和田流。日本には、薄片技術者が20人ほどいるそうだが、間違いなくその最高峰に立つ。もしかしたら、世界でもトップかもしれない。ヨーロッパでは機械化が進んでおり、大和田さんのような職人は減っているという。
「今のところ、顕微鏡を見ずに一発で決められる技術者は、私と平林だけ。それに追随するのがもう一人ぐらいかな。実は、全国の企業や大学からここに弟子入りしてくるんですよ」
大和田さんは、この道一筋36年。一方の平林さんは、音楽の博士号をもつ変わり種だ。

平林さん

 

「子供のころに薄片を見て、その美しさが心に残っていました。音楽で海外留学したのですが、帰国したときに、薄片の美しさを忘れられずに、ここの門を叩きました。別名『薄片虎の穴』と言われているんですよ(笑)」(平林さん)
音楽と薄片の共通点を「美しさの裏にあるセオリーの存在」と、平林さんは表現する。「研磨するときは、指先の感触だけではなく、音も臭いも使います。それらさまざまな情報から、厚みを推測していくんです」

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「さがせ、おもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く」は、ブルーバックス編集部が、最先端の研究を行っているさまざまな現場にお邪魔して、研究の今をリポートする連載企画です。

隔週木曜日に新しい記事を公開していく予定ですので、どうぞお楽しみに!

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