生命1.0への道

文 藤崎慎吾

 約46億年前に誕生した地球は、今から約50億年後、赤色巨星化した太陽に飲みこまれるという。つまり我々の惑星は、生涯の半ばにある。一方、そこに誕生した「生命」は、現在40億歳くらいだと言われている。しかし太陽の明るさが今より10~15%増大する約10億年後、地球の海は干上がり、水蒸気の温室効果で気温は1000℃以上になってしまう。おそらくそこで、この惑星は不毛の世界となる。つまり地球の生命は、晩年にさしかかっているのだ。人間の一生に換算すれば、だいたい80歳くらいと言えよう。

 それ故か生命は、我々人類の頭脳をもって、しきりと来し方を振り返るようになった。自分はどこから生まれ、どこへ消えていくのか? その探求自体が近年、急速に進化しつつあり、場合によっては自ら生命を創造しかねない勢いだ――そう気づいた筆者も人生半ばをとうに過ぎた。置き去りとならないうちに、どこまでわかったのか、わかりつつあるのかを追いかけてみたい。

絵・米田​絵理

第2回「母なる海」は都市伝説か?

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 まず第1回の最後でお願いしたアンケートについて、ご報告したい。「生命と非生命との間に『生命0.5』は存在しうると思いますか?」という質問だったが、12月25日現在で90%の人が「存在しうると思う」と回答していた。有効回答数は30件と多くはないが、それなりに意味のある結果ではないだろうか。やはり日本人は曖昧で怪しいものが好きなのかもしれない。もっともブルーバックスのウェブサイトで科学記事を最後まで読む人が、平均的な日本人かどうかはやや疑問である。今回の結果を科学リテラシーの高い方々で90%と見た場合、そうでない人も含めたらより100%に近くなるのか、あるいは逆に低くなるのか、興味のあるところだ。また同じアンケートを、米欧など異なった文化圏で試してみたいものである。いずれにしても、この結果については連載の最終回近くで再び議論したいと考えている。

海底の熱水噴出域 vs. 陸上の温泉地帯

 東北大学准教授で有機地球化学が専門の古川善博(ふるかわ・よしひろ)さんは毎年、新入生に講義を始めるとき、「生命はどこで生まれたと思いますか」と聞くことにしている。すると90%くらいが「海」と答える。しかし理由を聞くと「なんとなく」とか「テレビでやってたから」などと、必ずしも明快ではない。確かに海は現在、生命の存続に不可欠である。いや生命が誕生して以来40億年の間ずっと、必要な存在であり続けていた。とはいえ誕生時にどんな役割を果たしたのかというと、実はまだよくわかっていない。第1回の前半でお話しした通り、専門家の間でも激しい論争が続けられている問題なのだ。

「がらくた生命」を提唱する横浜国立大学教授の小林憲正さんと、「生命0.5」を一蹴した東京薬科大学教授の山岸明彦さんとは、この点でも立場が異なっている。
 小林さんは「生命は海底の熱水噴出域で誕生した」という、これまでの「伝統的」な立場だ。一方の山岸さんは「生命は陸上の温泉地帯で誕生した」と考えている。
 ちなみに小林さんは化学者、山岸さんは生物学者である。べつに仲が悪いわけではなく共同で研究も行っているが、個別にお話をうかがってみると、ときどきお互いを辛めに批判する言葉が出てきて面白い。

 それはともかく、以下ではお二人の主張のちがいと共通点について、僕の理解できた範囲を話していこうと思う。あらかじめ断っておくが、僕はどちらの味方をするつもりもない。というか、どちらかを選べるだけの専門的な知識は持っていない。選んでいるように見えたとしたら、それは単なる好みだ。

 まず材料のことから始めていこう。生命を構成する重要な物質の代表は、量的に多い順番から水、タンパク質、そして核酸(DNAとRNA)である。大腸菌の場合、水は全体の70%、タンパク質は15%、核酸が7%を占めており、これだけで92%だ。あとは脂質や炭水化物などが続く。これは人間など他の生物でも、ほぼ同じだ。
 地球上の水も、誕生時からすでにあったという説と、あとから彗星や小惑星に運ばれてきたとする説などがあって、実は明らかになっていない。しかし、どちらにしても生命が生まれるときには存在したと考えておくことにする。問題はタンパク質と核酸だ。二つとも炭素を含む有機物(有機化合物)であり、分子量の非常に多い高分子(高分子化合物)である。簡単には生まれない。

 ご存知の方は多いと思うが、タンパク質はアミノ酸からできている。生物が使っているアミノ酸は20種類で、それらが鎖のように数十から数百もつながっている。数個程度つながったものは「ペプチド」と呼ばれ、タンパク質とは区別されることが多い。
 一方の核酸は「ヌクレオチド」という単位分子が、やはり鎖のように数百から一億以上もつながってできている。そのヌクレオチドは「ヌクレオシド」という単位分子と「リン酸」からできている。さらにヌクレオシドは「核酸塩基」と「糖」からできている。タンパク質に比べると、かなりややこしい。これは頭の隅に置いといてほしい。核酸塩基にはアデニン、シトシン、グアニン、チミン、ウラシルの5種類があり、糖にはデオキシリボースとリボースの2種類が使われる。

 生物の材料がどこから来たかを考える場合、これらのアミノ酸や、核酸を構成する物質の起源を問うことが多い。この点ついて小林さんと山岸さんの意見は、おおむね一致している。一言で言えば「宇宙と地球上の両方で、あとは割合の問題」ということだ。
 小林さんは「現状では宇宙から来た有機物のほうが多いと考えています。しかし原始地球大気の組成や宇宙線の量によっては変わってくる。いずれにしても生命の誕生には、地球由来の有機物も関わっています」と語っている。
 山岸さんは「アミノ酸は主に宇宙起源だが、核酸(RNA)は地球上でできた」という考えらしい。
 ちなみに山岸さんは生命そのものが、まず火星で生まれて、そこから地球にやってきた可能性も考慮に入れている。アレニウスに近いパンスペルミア説だ。これを検証するため、火星で生命探査をする準備も進めているのだが、この話はまた、のちの回で触れたい。

 宇宙と地球のどちらか、あるいは両方から生命の材料がもたらされたとしよう。次に、それらがどこで組み立てられたのかというところから、二人の意見はちがってくる。小林さんは海、山岸さんは陸ということになるわけだが、それぞれの環境にメリットとデメリットがある。しかも一方でメリットとされることが、他方からはデメリットとされることもあって、とてもややこしい。まともに論争を追いかけていったら、それだけで延々と連載が続いていきそうだ。それはそれで面白いのだが、とりあえず今は一部だけを、さらっと紹介しておくことにする。
 まずは双方がメリットだと主張している主な点を挙げていこう。

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文 藤崎慎吾

1962年、東京都生まれ。埼玉県在住。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどをするかたわら小説を書き、1999年に『クリスタルサイレンス』で作家デビュー。早川書房「ベストSF1999」国内篇1位となる。現在はフリーランスの立場で小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。『深海のパイロット』『日本列島は沈没するか?』『ハイドゥナン』『鯨の王』『深海大戦 Abyssal Wars』3部作など海を舞台にした著作が多い。民俗学にも強い関心があり『螢女』『遠乃物語』といった作品に反映されている。生命の起源に関連したノンフィクションには『辺境生物探訪記』(共著)がある。近況はフォトブログ「風待ちの島」(http://shingofujisaki.sblo.jp/)で。

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連載読み物

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2018/01/11

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