四色問題 どう解かれ何をもたらしたのか

四色問題 どう解かれ何をもたらしたのか

著者 一松 信(ひとつまつ・しん)

はしがき

 拙著『四色問題』の初版がブルーバックスで刊行されてからすでに四〇年近くが経過し、同書も永らく絶版になっていた。今回新訂版刊行の話が寄せられた折に、まず気に掛かったのは次の点である。初版は、解決された問題に対して、多大の努力が払われたが結局最終解決に実らなかった試みの記述が多すぎた。


 そこで、第五章までは若干の誤りを修正し、個人的な回想や偏見、研究者の逸話への深入りを削除したが、ほとんどもとの記述を残した。その理由はいくつかある。まずこの種の歴史的記述が現在の書物に意外と乏しいこと、次に比較的簡単に証明できる部分的な結果は、数学に興味を持つ者にとって有用性をもつと思ったことである。さらに歴史的な第難問も解決に払われた多大の努力を、最終的な成果だけから判断するのは一面的と考えたのも、もう一つの理由である。


 さらに、四色問題が現代に投げかけた「数学的証明とは何なのか」という問題を問い直し、いまだ埋もれたままの数学の未解決問題は、もしかすると計算機に任せるしかないのか、見直してみたくなった。


 現在の数学では、単に可能か否かだけでなく、可能でもその手間がどれだけかかるかという「計算量の観点」が重要視されている。平面地図の五色塗り分けは多項式量の手間でできる(P問題)のに対して、四色塗り分けはNP問題ではるかに手間がかかる、といった計算量的な話題は無視できなくなってきた。


 そのため第六章以後は初版の記述を活かしつつ、かなり大幅に書き換えをした。特に初版の第七章「乱れ飛ぶ誤報」には誤りも多かったので、縮小して第六章に合併した。


 残りの二章では、アッペル=ハーケンによる証明が本当に正しかったのかという点と、「計算機による数学の定理の証明」に関する意義に重点を置く記述にした。この時代の「捨て石」に終わった多くの小論文の追跡も一つの課題だが、それは今後の数学史研究にまちたい。


 現在では既に証明されたのだから「四色定理」とよぶべきであろう。その研究も、計算機による「形式的証明」の重要な一例という形で続けられている。この方向の「計算機支援による数学研究」はそれ自身人工知能研究上の大問題であり、その一部の解説だけでも一巻の書物になり得る。今回の新訂版では、最後の第八章でその方面の話題に若干触れただけだが、多くの進展が着実に進められているとだけ述べておこう。


 現在ではこの例のように大規模なコンピュータ活用による証明を忌避する数学者は、皆無ではないにせよ減少している。ほかにも球の最密充填に関する「ケプラー予想」の解決など、そのような方法によらなければ証明できない課題がいくつもあることが、次第に広く認識されてきている。四色問題はむしろ、そういった「意識転換」のきっかけになった難問として、語りつぐのが正しい位置づけかもしれない。


 本書の改訂に当たって、講談社ブルーバックス編集部長小澤久氏ほか編集部の方々に終始お世話になった。またいくつかの文献の閲覧の便宜をはかって下さった京都大学数理解析研究所図書室の方々に厚く御礼を申し上げたい。

著者 一松 信(ひとつまつ・しん)

一九二六年、東京に生まれる。東京大学理学部数学科卒。同大助教授、立教大学教授、京都大学教授、東京電機大学教授を経て、現在京都大学名誉教授。理博。 専攻は数値解析。太平洋戦争末期の学徒動員で暗号解読に携わり、以降、計算機と整数論との関連で公開鍵暗号に深い関心をもつようになる。海外との交流をは じめ、数学の啓蒙活動にも熱心で、専門家向け、一般向けを問わず著訳書多数。二〇一五年、日本数学会出版賞受賞。

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