カラー図解 新しい人体の教科書 上

カラー図解 新しい人体の教科書 上

山科正平(やましな・しょうへい)

はしがき

 からだ――誰もがひとつだけ持っているかけがえのないもの。はち切れんばかりに生気をみなぎらせて、地上を闊歩する若者たちには、全くといっていいほど頓着がない。しかし、年齢を重ねるにともない、あちこちに異常や障害が発生してくると、いやがうえにもからだへの関心は高まってくる。高齢化間題の一面は「からだ間題」でもある。誰もが健康で長生きしたいと願う。そんな願望をくすぐるかのように、テレビをはじめ多<のメディアは、病気や腱康、食品の安全や安心に関する情報であふれかえっている。その効果なのか、建康食品やサプリメントが飛ぶように売れている。しかし、自分の健康を護るのは自分を措いてない。となれば、わたしたちは自分のからだについて、もっと関心を高め、もう一度基本に立ちかえって自分の目でじっくりと眺め直してみてはどうだろうか。本書を執筆した最大の動機がここにある。


 翻って、人体といえば、おどろおどろして、奇異な言葉が飛び交いしち面倒くさそうだ。ましてや“解剖”などといえば、このたったふたつの漢字を見ただけで、気分が悪くなってしまう。“生理学”という文字にも名状しがたい不潔感を覚える。そんな方々も多いだろう。でもここで、食わず嫌いをちょっとだけ我慢して「自分のからだの話だから」と思って読みはじめてみては如何だろうか。そうすれば、時にはなるほどと肯き、また時にははてなと疑間が生まれ、そして最後には、さすがに自分のからだは巧いことできている、と感嘆するに違いない。かくして、自分のからだを大事にしなければと思うと同時に、これまでとは全く異なった人体観を持っていただけるはずだ。


 何種もの分子が天文学的な数だけ集まって、細胞膜やミトコンドリアなど、細胞を構成するすべての要素を作り上げ、その集団として1個の細胞がある。さらには、類似の細胞がおびただしい数だけ集まって組織を作り上げ、組織の集合体として肝臓や心臓といった器官がある。器官が集合して器官系となり、そのまとまったものが個体というわけだ。このように、一段ずつ階段を昇りつめていく造化の妙は、生命体構築の階層性とよばれる。地球の歴史とともにはじまった生命の歴史は、この階段を着実に昇り詰めてきた歩みでもあり、わたしたちひとりひとりは、地球46億年の歴史を背負って生きているといっても過言ではない。地球が宇宙の一員なら、地球の上に生きる生命体もまた宇宙の一員である。というわけで、地球の属する宇宙は「大宇宙」、生命体の中に展開されるミクロの彼方にまで広がる世界は「小宇宙」とよばれる。これから本書を読み進めていくことは小宇宙の探検への出発である。小宇宙探検のガイドブックである本書を教科書と銘打ったのは、基本を忠実に考えていただきたいと念願したからである。そのために、いくつもの特徴を持たせることとした。


 その第1が“からだはひとつのものである”との、著者の人体観を披瀝させていただいたことだ。ひとつひとつの細胞からはじまり、からだの構成要素となる器官の全てが、全身の中の一員として他の成員と精密に協働して、決して統制を乱すことはない。そのため、どれもがからだというステージで役割を漢ずる一役者である。舞台の成否は役者の協働作業で決まりながらも、決して失敗はない。これがからだのもっとも優れたところで、この点をとくにお伝えしたいと考えた。その第2に、器官が生まれてくる経過を踏まえて、解説を試みたことである。これにより、複雑極まりない人体や器官の成り立ち、相互の関連をかなり単純化して理解してもらうことができるばかりか、生物進化の歴史の中にある自分であることを強調したいと考えたのだ。第3に、器官の働きを細胞活動の一環として解説し、機能が発現する場として構造体を理解していただくように努めたことである。「構造と機能は1枚の紙の表と裏の関係」というのは生命体を考えるときの鉄則だ。表と裏をつなげる細胞生物学はこの20~30年間に大きく進歩し、いまも発達を続けている。その一端をお知らせしたいとの目論見もあった。


 こうした著者の意図をできるだけ忠実に読者にお伝えするため、本書では平明な記述に加えて、わかりやすく的を射たカラフルな挿画を多用したことにも大きな特色がある。いずれもイラストレーターの金井裕也、千田和幸、本庄和範の三氏の手による、科学の啓発にふさわしい力作である。また同じ図でも見る視点を変えて再掲載し、それにより理解が深まるような配盧もした。図版を見ているだけでも十分に人体を堪能してもらえるに違いない。


 本書は、からだに興味を持つ方ならどなたにでも気楽に読んでいただけるはずだ。予備知識もいらない。必要なのは“好奇心”と“興味”だけである。学生、社会人など、はじめてこの道に分け入る一般の方々を想定して、興昧の誘発にも努めた。小宇宙に分け入って、自分のからだに寄せる発想を少しでも発展させていただけるなら、著者冥利に尽きるところである。


 同時にまた、本書は看護・介護、臨床検査、薬剤師、栄養士など、医療関係の従事者はもとより、これからその道を目指す学生諸君には、教科書として活用していただけるはずだ。医痕にかかわる方々にとって、人体の正常な構造と機能、それをベースにした疾病の成り立ちは基本的な素養である。この一冊で、導入から国家試験対策まで、十分に対応できるはずだ。


 本書により、自分のからだへの関心を少しでも高揚させ、玉石混淆する情報の山々を少しでも的確に見透していただきたいものだと念願している。

山科正平(やましな・しょうへい)

北里大学名誉教授。1941年北海道生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、同大学難治疾患研究所、京都大学助教授を経て、1981年より北里大学医学部教授として、解剖学教室を主宰。研究領域は顕微解剖学。電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡など多彩な顕微鏡法を駆使して、細胞分泌の機構、分泌器官の組織発生機構の解明にあたる。1994年、日本顕微鏡学会賞(瀬藤賞)受賞。日本顕微鏡学会会長の他、日本解剖学会、日本組織細胞化学界の運営にあたる。2007年、北里大学を定年退職後、青山学院大学、埼玉医科大学で客員教授を務める。難解な解剖学の平易かつ明快な講義には定評がある。著書に『新・細胞を読む』『細胞発見物語』(いずれも講談社ブルーバックス)ほか。

[B2013]

新しい人体の教科書 上巻

山科正平

難解と敬遠されがちな解剖生理学を豊富なカラー図版と平易な文章で徹底的にわかりやすく解説。医学生ならびコメディカル関係者必読!

ISBN : 978-4-06-502013-5

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