お茶の科学

お茶の科学

大森正司(おおもり・まさし)

「色・香り・味」を生み出す茶葉のひみつ

はしがき

 一日中、ずっと心を平穏に保つことは難しいものです。どんな人でも、疲れていて元気が出なかったり、イライラしていたり、ちょっとやる気が出なかったりすることは、少なからずあるのではないでしょうか。

 

 そんなときは、ちょっと一息ついて、お茶を淹れてみませんか。湯を沸かし、茶葉を用意し、抽出されるのを静かに待つあいだに、心は少しずつ落ち着いてきます。ゆっくり淹れたおいしいお茶を口にすれば、それまでのもやもやした思いが消えて、気分転換できるでしょう。

 

 時間にして十数分。忙しいときには貴重な時間に思えるかもしれませんが、このあいだに次の仕事の段取りを考え、新たなアイデアが浮かんでくることもあります。きっとこの一服でその後の時間を有効に使えるようになるはずです。心が穏やかになれば、周囲の人への配慮もできるようになるでしょう。誰かと一緒に飲めば、ちょっと雑談をしたり、コミュニケーションを取れるひとときにもなります。

 

 

 「お茶」とは、日本人にとって、とてもなじみ深い飲み物です。緑茶だけでなく、ほうじ茶や紅茶、ウーロン茶など、日に一度は口にする人が多いと思います。日本人の日常生活において、お茶は切っても切り離せないものですが、そのお茶の奥深さを知れば、もっと楽しく、おいしくお茶を飲めるようになります。

 

 本書では、そんなお茶の魅力を紹介していきます。そのおいしさの秘密はどこにあるのか? 

 

これまであまり語られてこなかった科学的な知見も踏まえて、わかりやすくお話ししたいと思っています。

 

 

 経験的に感じている人は多いと思いますが、お茶は淹れ方によってその味が大きく変わります。せっかく飲むのであれば、よりおいしいお茶を淹れたいですよね。科学的な分析からわかった、確実においしく淹れられる方法もお教えします。

 

 その理由や詳しい方法は第5章に記しますが、最初に皆さんにお茶のおもしろさを知っていただくために、とっておきの楽しみ方をご紹介しましょう。私が「お茶のフルコース」と呼んでいるものです。

 

 まず、緑茶の茶葉10g (ティースプーン約5杯)を急須に入れます。これに冷蔵庫で冷やしておいた水を湯呑み茶碗1杯分(約100mL)入れ、待つこと15分。その後、これを最後の一滴まで濾しとると水出しのお茶ができます。まず、この味をみてください。「飲む」ではなく、口に含んで舌に広げる感じです。「お茶をたしなむ」という味わい方です。

 

 初めて来たお客さまにこうして淹れたお茶を出すと、「うまい!」と思わず声を発し、「これはどこの高級茶ですか?」と驚かれます。お茶を飲み慣れた方でも、「これは……!」とうならせることができます。

 

 甘みがあり、うま味が凝縮していて、100g で1000円ほどの煎茶でも、玉露のようなまろやかな味わいが楽しめるのです。

 

 その冷えたお茶を楽しんだあとは、残った茶殻に40〜50℃くらいのぬるま湯を、同じく湯呑み茶碗1杯分注ぎます。ここで浸出する時間は1分。ぬるめのお茶ができます。最初の冷えたお茶とは違い、少し渋みも加わった爽やかな味を楽しめるはずです。

 

 残った茶殻に、今度はさらに熱湯を湯呑み茶碗1杯分注ぎ、1分で濾しわけてみてください。熱湯で出したこのお茶は、少しの苦みが加わった、また違う味わいのお茶となります。

 

 こうして3種類の淹れ方をしてみると、甘み(うま味)、渋み、苦みというお茶の3つの醍醐味を感じることができるのです。なぜここまで味わいの違うお茶ができるのか、その秘密については、本書の中でひも解いていきましょう。

 

 

 さて、ここで終わりではありません。3回分を淹れたお茶の茶葉は捨ててはいけません。驚かれるかもしれませんが、この茶殻を食べてみてください。

 

 まず、酢醬油を少し(好みの量)入れて食べてください。これは茶殻のお浸しです。次に、茶殻におかかやジャコ、ごまを入れて、さらに醬油を少し加えて混ぜると、茶殻のごま和えとなります。これは、お酒のつまみでもいけるおいしさです。

 

 さらに残った茶殻に、今度は豆乳200mLとりんごジュース200mLを加えてミキサーにかけます。すると、「茶殻スムージー」の完成です。騙されたと思って飲んでみてください。クセのない、とても飲みやすい健康ドリンクに生まれ変わります。

 

 いつもは捨てていた茶殻を、丸ごと全部おいしくいただけてしまうのです。すでにお茶を抽出したあとの茶殻を使うので、含まれるカフェイン量も少なく、子どもや妊婦でも安心して飲むことができます。

 

 

 お茶は健康によいということは昔から知られていますが、抽出して飲むだけですと、茶全体の20〜30%しか摂取できません。残りの茶殻70〜80%にも、食物繊維や不溶性のビタミンE、β‐カロテンなど身体に良い成分が豊富に含まれているので、お茶のフルコースでいただけば、それらもすべて摂取できることになります。

 

 疲れが溜まってきた午後に、甘いものと一緒にこのフルコースを味わえば、「よし! もう一丁仕事を頑張るか」とやる気も出てくるはずです。

 

 和食が無形文化遺産としてユネスコに登録され、日本のお茶のおいしさは世界中に広まっています。とくに抹茶は「MATCHA(マッチャ)」として国際的にも通用するようになり、侘び寂びの日本文化とともに広がりを見せています。本書では、日本茶だけでなく、紅茶やウーロン茶を含めて、さまざまなお茶について取り上げていきます。

 

 さて、それでは、ここからさらにその魅力を掘り下げて、お茶の世界にご案内していきましょう。ぜひ、お茶を飲みながら気楽に読み進めてください。

大森正司(おおもり・まさし)

一九四二年生まれ。一九七〇年、東京農業大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士課程修了。その後、大妻女子大学講師、助教授、教授を経て、現在は大妻女子大学名誉教授。 専門は食品科学、食品微生物学。お茶の科学的な薬効、お茶のルーツ、伝統食品と健康に関する科学的・文化的な背景などについて50年以上にわたり多方面から調査・研究をおこなっている。そのほか、NPO法人日本茶普及協会理事長、NPO法人日本食行動科学研究所所長、お茶料理研究会事務局長、大妻女子大学「お茶大学」校長、茶需要拡大技術確立推進協議会会長も務める。

[B2016]

お茶の科学

大森正司

緑茶、紅茶、ウーロン茶……、同じ茶葉からできているのに、なぜ風味も色もこんなに違う? 読めばお茶が100倍おいしくなる!

ISBN : 978-4-06-502016-6

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