X線天文衛星「ひとみ」が解き明かす宇宙の謎

  • 2016/03/03

    • ニュース

    X線天文衛星「ひとみ」が解き明かす宇宙の謎

    2月17日17時45分に種子島宇宙センターからH-IIAロケット30号機で打ち上げられたASTRO-H。その後19時40分に衛星の電波が地上で受信され、打ち上げの成功が確認されたのち、衛星の名称が「ひとみ」と発表されました。「ひとみ」によって、どんな宇宙の謎が解明されるのか、観測データの管理を行うデータアーカイブチームのリーダー、海老沢研さん(宇宙科学研究所教授)にお話をうかがいました。

     

    ――まずは、「ひとみ」(ASTRO-H)の打ち上げ成功おめでとうございます。現在「ひとみ」はどのような状態にあるのでしょうか?

     

    海老沢 現在、ミッション初期のクリティカル運用期間(注1)が終了し、初期機能確認期間に入ったところです。クリティカル運用期間中は、プロジェクトマネージャーをはじめ、コアメンバーが種子島や内之浦に待機し、観測開始に向けてひとつずつ慎重に機器を立ち上げていきます。国内外で数百人の「ひとみ」チームメンバーが、プロジェクトマネージャーからのメール報告を、固唾をのんで待ち、ひとつ装置が立ち上がるたびに、「congratulations!」(おめでとう!) というような返信が飛び交っていました。もうじき、「ファーストライト」、つまり最初の天体観測速報が出てくると思います。

     

    (注1)ロケットから衛星が分離した後、太陽電池パネル、姿勢制御機能、冷却システムなどの動作を確認し、衛星が正常に動作していることを確認するまでの期間。


    画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)



    X線天文衛星とは?

     

    ――「ひとみ」はX線天文衛星とのことですが、X線とはどのようなものなのか教えてください。

     

    海老沢 X線は約1000万度以上の高温、高エネルギーの物体から放出される、波長が短く、エネルギーが高い光です。目で見える光(可視光)の、1000分の1くらいの波長、1000倍のエネルギーを持っています。

     

    ――X線で宇宙を見ると何が見えるのでしょう?

     

    海老沢 宇宙で起きている高エネルギー現象を見ることができます。非常に高温だったり、光速に近い速さで噴き出しているジェットなどです。また、そのような高温ガス中では、元素のほとんどの電子がはぎ取られ、原子核と電子が混在した「プラズマ状態」になります。高温プラズマからは、たくさんのX線が放射されています。

     

    ――X線を出す「高温ガス」というのは、具体的にはどのような場所にあるのでしょうか?

     

    海老沢 代表的なものは、銀河系内のブラックホール、中性子星といった、超高密度、超強重力天体です。それらから放射されるX線は非常に強いため、感度があまり良くなかった初期のX線天文学においては主要な研究対象でした。その後、X線観測装置の感度が上がるにつれて、宇宙のいたるところにX線を出す高温ガスが存在することがわかってきました。たとえば、たくさんの銀河の集まりである銀河団や、星が爆発した後に残される超新星残骸などです。他にも、原始星、惑星、分子雲(分子ガスの集まり)など、実に様々な天体がX線を出しています。

     

    ――X線の観測は、いつごろから行われていたのでしょうか?

     

    海老沢 偶然ですが、私が生まれた年からです(笑)。1962年に宇宙物理学者のジャコーニらがX線観測装置を搭載したロケットを打ち上げ、その視野に、偶然、全天で一番明るいX線天体、さそり座X-1が捉えられました。この天体の正体は中性子星です。X線天文学を開拓した業績で、ジャコーニはノーベル物理学賞を受賞しています。

    ――ニュートリノ天文学の開拓で小柴先生がノーベル賞を受賞されたのと同時でしたね。その後、X線天文学はどのように進展したのでしょうか?

    海老沢 ジャコーニらの観測の後、1970年に世界で最初のX線天文衛星「ウフル」が打ち上げられ、X線天文学は大きく発展しました。日本で最初のX線天文衛星は1979年の「はくちょう」です。「ひとみ」は、日本で6機目のX線天文衛星になります。

     

    世界中の天文学者が待ち望んでいる観測データ

     

    ――これまでのX線天文衛星と比較して、「ひとみ」はどこが新しいのでしょう?

     

    海老沢 「ひとみ」には、3種類のX線観測装置と、X線よりもエネルギーの高い光であるガンマ線観測装置が搭載されています。X線観測装置は、X線を集光する望遠鏡と組み合わされていますが、特に高エネルギーのX線を集光するには長い焦点距離が必要なので、「ひとみ」は打ち上げた後に、望遠鏡の筒にあたる部分を引き出します。3つのX線観測装置のうち、特筆すべきものは軟X線(比較的波長の長いX線)の分光検出器でしょう。これは、マイクロカロリメーターといって、ほぼ絶対温度0度まで冷却した物質にX線が吸収されたときの、ごく微少な温度変化を測定するものです。

     マイクロカロリメーターを搭載して本格的にX線観測を行うのは、「ひとみ」が初めてです。実は、2000年に打ち上げられたASTRO-Eにもマイクロカロリメーターが搭載されていたのですが、打ち上げは失敗しました。2005年に打ち上げられた「すざく」(ASTRO-E2)にも再びマイクロカロリメーターは搭載されたのですが、軌道上で正常動作を確認直後、天体観測を行う前に観測不可能になってしまいました。まだ人類が誰も成功していない、非常に難しい観測なのです。だからこそ、世界中の天文学者が、「ひとみ」が出してくるファーストライト、マイクロカロリメーターによる天体データを固唾をのんで待っているわけです。




    画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

     

    「ひとみ」が明らかにする宇宙の謎

     

    ――「ひとみ」によって解明されることが期待される宇宙の謎にはどんなものがありますか?

     

    海老沢 「ひとみ」では宇宙からやってくるX線エネルギーを、今までの10倍以上の精度で測定することができるようになるので、宇宙のいたるところに存在するプラズマの物理状態がわかります。また、X線を出す物体が運動しているとそのエネルギーが少しだけ変化(ドップラーシフト)するのですが、それを測定することによって、たとえば銀河団や超新星残骸中のガスの運動が、初めて見えてきます。

     

    ――「ひとみ」の観測ターゲットのひとつはブラックホールとのことですが、それについてはどんなことが分かるのでしょうか?

     

    海老沢 ブラックホール周辺に高温プラズマが存在し、そこからX線が放出されていることはすべての天文学者が認めていますが、そのプラズマがどのあたりに分布し、どのような物理状態になっているのかについては、20年以上、激しい論争が続いています。私もその当事者の一人です。「ひとみ」のデータを使えば、プラズマの物理状態が正確に決まり、長年の論争に決着がつくでしょうね。ブラックホール周辺がどうなっているか、その「想像図」を正確にお見せできるようになると思います。

     

    ――先日、米国のレーザー干渉計重力波観測所LIGOで初めて重力波が観測されましたが、その発生源もブラックホールでした。「ひとみ」の観測と関係することはあるのでしょうか?

     

    海老沢 その観測では、36太陽質量と29太陽質量のブラックホールが合体して62太陽質量のブラックホールが誕生した(3太陽質量はエネルギーとして放出)ことがわかりましたが、そのような「重い」ブラックホールが存在することが驚きでした。ブラックホールには恒星質量程度のものと超巨大質量のものの二種類が存在するのですが、62太陽質量というのは、恒星質量ブラックホールでは過去最大です。そしてこの観測から、ブラックホールの合体によって太陽の100倍とか1000倍の質量を持つ「中間質量ブラックホール」も宇宙にはありうるということがわかりました。まだ正体がわかっていないのですが、「超高光度X線源」と呼ばれる天体があり、これが「中間質量ブラックホール」ではないかという説があります。この超高光度X線源も「ひとみ」の観測対象のひとつです。
     また、重力波と関連して、国際宇宙ステーションに搭載されている全天X線監視装置MAXIによる観測も重要です。「ひとみ」の観測視野は非常に小さいのに対し、MAXIは毎日全天をX線でモニターして、重力波天体のような突発現象を探しています。先日のLIGOで捉えられた重力波が発生した領域も観測していましたが、残念ながらX線は検出されませんでした。次に重力波が観測されたとき、MAXIが真っ先にその位置を決定し、そこを詳細に「ひとみ」がフォローアップ観測する、というような連携が期待されます。

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