「ぼくなぜ監修」海部先生の壮大なチャレンジに拍手を!

  • 2016/07/22

    • ニュース

    「ぼくなぜ監修」海部先生の
    壮大なチャレンジに拍手を!

    川端裕人さんの連載「ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう」が第17回のあと、少し長いインターバルをいただいています。「早く続きが読みたい!」とお待ちかねの方々に、この場をお借りしてお詫びしつつ、ご説明させていただきます。じつはそこには、監修をお願いしている海部陽介先生の、ある壮大な冒険があったのです。すでにテレビ、新聞でご覧になっている方もいらっしゃるでしょうが、誰しも胸が熱くなるこのチャレンジの経緯をあらためてご紹介します。

     

    3万年前の航海を徹底的に再現!

    「ぼくなぜ」第17回でも述べられているように、アフリカで生まれた人類は出アフリカを果たすと、進化するにつれて分布域を広げていきました。原人はユーラシア大陸を歩いて、ヨーロッパのみならず遠くアジアにまでやってきました。旧人は、原人よりさらに北に分布を広げました。そして、いよいよ新人(ホモ・サピエンス)が登場すると、シベリアを含むユーラシア大陸の全土にまで広がっていきます。その中に、私たち日本人の祖先となった人たちもいたわけです。
    では、彼らはいつ、どのように日本列島へやってきたのでしょうか? 日本への人類の移動ルートについては「対馬ルート」「北海道ルート」そして「沖縄ルート」の3つが提唱され、いまだに議論が分かれるところですが、ここである予想外の事実が見えてきました。琉球列島(南西諸島)の1200kmにおよぶ全域に、3万年前頃までに人類が棲息していた証拠があったのです(図1)。それは、偶然に流されたという見方では説明がつかない規模でした。つまり、彼らは航海をして、大陸から島へ渡ったということです。

     


    図1 琉球列島の全域にわたって3万年前に人類が棲息していた
    (提供:3万年前の航海再現プロジェクト 背景地図製作:菅 浩伸 baced on Gebco 08 Grid)

     

    しかし、数十kmから200 kmにも及ぶ海路を渡る技術が、当時の人々にあったのでしょうか? あったとすれば、それはどのようなものだったのでしょうか?
    わからないなら、やってみよう! 3万年前の人々が持っていたであろう技術のみを使って、当時の航海を再現し、実際に海を渡ってしまおうという壮大な試み、「3万年間の航海 徹底再現プロジェクト」が、「ぼくなぜ」監修、国立科学博物館の海部陽介先生をリーダーとして始まったのです。

     

    クラウドファンディングにみごと成功!

    プロジェクトは、まずテストを兼ねて、今年7月に与那国島から西表島まで渡る第一弾の実験航海。そして次に来年の7月、台湾から与那国島へ渡る本番の実験航海という段取りが組まれました(図2)。

     


    図2 実験航海の計画(提供:3万年前の航海再現プロジェクト)

     

    では、当時の舟はどのようなものだったのでしょう? 縄文時代の7500年前に丸木舟(カヌー)があったことはわかっていますが、3万年前の沖縄地方から斧は出ていないので、丸木舟は作れなかったでしょう。バナナのようなバショウ科植物の太い茎を束ねれば筏 (いかだ)を作ることはできますが、浮力や推進力、頑丈さが足りません。さまざまに検証した結果、有力候補とされたのが竹筏と草舟で、このプロジェクトでは草舟が採用されました。
    そのほかにも、当時の黒潮の流れを推測したり、渡航した土地で子孫をふやすには何人が必要かをシミュレーションしたりと、さまざまなジャンルの専門家20人が知恵と技術を提供しあい、世界でも例のない初期航海再現プロジェクトとなっていったのです。
    しかし、海部先生たちには越えなければならない高い壁がありました。「資金集め」です。そこで採られた手法が、クラウドファンディング。つまりインターネットで、不特定多数の人々から出資を募ったのです。目標額の設定は2000万円。期限までにこの額に達しなければ、プロジェクトそのものが水泡に帰してしまうところ、みごとに2633万円が集まり、関門を通過することができました。このファンディングは、自然を舞台に人々に希望や勇気を与え、社会に前向きなメッセージを伝える活動に与えられる「モンベル・チャレンジ・アワード」(第8回)を受賞しました。

     

    ついに出航! そして次なる目標へ

    2016年7月17日午前6時20分。2艘の草舟「どぅなん号」と「シラス号」が、与那国島のカタブル浜から西表島をめざして出航しました。いざというときのための伴走船2隻も同行しています。当初は12~14日までの間で出航する予定でしたが、海が荒れているため待機を続け、一時はもうだめかとも思われた末に、ついにメンバーたちの願いがかなったのです。
    予定どおりのコースを進み、遭遇したクジラの群れとも並走するなど、当初、航海は順調に見えました。しかし、出航から3時間を過ぎたころから、舟が進路よりも北へ流されていることがわかります。クルーが必死に修正を試みますが、潮の流れが強く、進路はどんどんずれていきます。ついに、自力での修正は困難との判断に至り、午後6時、草舟は伴走船に曳航されることになりました。メンバーが楽しみにしていた夜間の航海も断念しました。
    翌18日午前6時、草舟は西表島の崎山湾沖から航海を再開し、西表島沿岸を北上、午前11時、ついにシラス浜に到着、午後2時50分に白浜港に入港して、丸1日以上におよぶ航海を終えたのでした。

     

    写真1 制作中の草舟と海部先生(提供:3万年前の航海再現プロジェクト)

    写真2 完成した草舟とプロジェクトのメンバー(提供:3万年前の航海再現プロジェクト)

    写真3 帆を上げての航行テスト(提供:3万年前の航海再現プロジェクト)

    写真4 ついに出航した、どぅなん号(提供:3万年前の航海再現プロジェクト)

     

    航路のすべてを人力で渡るという目標は残念ながら達成できませんでしたが、このハイテクの時代に、3万年前の人類になりきるというロマンありすぎる試みに挑んだ海部先生たちの冒険は、学術的にも、そして多くの人の心を熱くしたという意味でも、はかりしれない価値を持つのではないかと思います。次にめざすのは来年の夏、もう一度、資金を集めての台湾から与那国島への本番の実験航海。ブルーバックスはこれからも、応援させていただきます。ともあれ海部先生、プロジェクトのみなさん、本当におつかれさまでした!
    (このプロジェクトについての詳細はhttps://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/index.htmlをご覧ください)

新着情報一覧

ページTOPへ