祝「山の日」記念コラム前篇 疲労をためない科学的登山術

  • 2016/08/04

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    祝「山の日」記念コラム前篇
    疲労をためない科学的登山術

    今年の夏山シーズンはひと味違います。なにしろ初めての「山の日」(8月11日)を迎えるのですから。今年こそは憧れのあの山へ! と胸を躍らせている方も多いのではないでしょうか。

    そんな山好きのみなさんに向けて、ロングセラーとなっているブルーバックス『山に登る前に読む本』から、運動生理学に基づいた科学的登山術について、そのエッセンスを前後篇の2回に分けてご紹介します。ぜひご活用ください。

    (タイトル写真提供:アフロ)

     

    登山中に何を食べるか。水分補給は?

     

    登山中に摂取する食料は、「単位重量あたりのエネルギー」が高いことが重要です。つまり、軽くて、小さくて、カロリー(エネルギー)が高い、という食料が適切です。また、調理が簡単であることも必要な条件です。調理にムダな水を使う食材も、山には向いていません。

    そういう観点から優れているのは、どんな食料でしょうか。単位重量あたりのカロリーが高い食料としては、ラード、バター、ピーナツ、チョコレート、カレールーなどが挙げられます。ただし、これらの食料は脂肪の比率が高いので注意が必要です。登山中の食事メニューは、炭水化物6、脂肪4になるようにバランスを整えます。

    具体的なメニューの例をご紹介しましょう。朝食にはインスタントラーメンやお餅がおすすめです。糖分が多く、調理が簡単で、身体が温まりやすく、すぐ出発しようという気分にしてくれるからです。通常のインスタントラーメンはかさばるので、そうめんのようにまっすぐな麺を束ねたものがよいでしょう。お餅は体積が小さく、消化も早いので、たくさん食べてもお腹にもたれないうえに、単位体積あたりのカロリーも高いので、朝食で食べれば行動中もお腹があまりすきません。

    昼食あるいは行動食は、食べやすさを優先します。ビスケットやパン、パウンドケーキ、キャラメル、飴、チョコレート、ドライフルーツなどがいいでしょう。おにぎりを愛用する人も多いのですが、気温が低くなると食べづらくなる欠点があります。

    夕食には乾燥米を用意して、カレーやシチューなどと一緒に食べます。具にはベーコンなどの脂ものや乾燥野菜を入れましょう。夕食時は、登山中にゆっくりとエネルギーを補給できる大切な機会です。夕食で摂取したブドウ糖は、登山中に消費されたグリコーゲンを回復するのに用いられ、疲労回復につながります。また、タンパク質は、登山中に損傷した筋線維の補修に使われ、翌日の筋肉痛を和らげる効果があります。

    登山中の水分摂取も大切です。登山中の脱水量は、気温や湿度などの影響を受けるため一概にいえませんが、体重70キログラムの男性が5キロの荷物を背負って、高度1000メートルを登った場合、4時間で600~2300ミリリットルの汗をかきます。行程中に水場がないような場合には、500ミリのペットボトルを4本も持ち歩かなければならなくなります。

    効率的な水分補給には、スポーツドリンクを活用するといいでしょう。スポーツドリンクを選ぶときは、食塩の含有量が大事です。食塩が含まれている水のほうが体内に貯まりやすいからです。しかし、食塩が含まれている水は、腸管からの吸収が遅いという難点があります。それを補うのがブドウ糖で、水にブドウ糖が含まれていると、腸での吸収が早くなります。スポーツドリンクを選ぶ際には、食塩のほか、ブドウ糖の含有量にも目を配りましょう。

    最近は、「塩分控えめ」や「カロリーオフ」などの名目で、食塩やブドウ糖の量を減らしたスポーツドリンクも販売されています。しかし、そのようなスポーツドリンクは、水分を早期に補給する、という本来の目的からは逸脱するものです。登山には向きません。

     


     

     

     

    疲労をためない歩き方とは?

     

    私たちヒトの体は、最大体力の60パーセント以上の運動を行うと、筋肉で乳酸が産生されます。筋肉中に乳酸がたまると筋肉痛を引き起こしますし、血液中に乳酸が分泌されると息切れの元となります。そして、乳酸が産生されることで、筋肉中のグリコーゲンをムダに消耗してしまいます。グリコーゲンを使い切ってしまうと、登山の継続が不可能になります。

    このように、登山では乳酸をなるべく産生しないようにすることが大事です。そのためには、できるだけゆっくり歩くことです。といっても、ただゆっくり歩くだけでは、なかなか先に進みません。そこで、「乳酸をためずに効率的に歩く」ことが必要になります。

    効率的な登山の歩行の基本は、身体の軸を重力に対して鉛直にすることと、重心のムダな上下動を少なくすることです。

    たとえば、坂道を登るときに片足を踏み出す動作を考えてみましょう。このとき、膝を前に突き出し、膝関節を曲げて、つま先を上げ、足底全体が地面に密着するように置きます。残されたほうの足の膝関節は、できるだけ伸ばします。そうすると、重心の位置が高くなり、踏み出した足への体重の上方向の移動距離が少なくなります。次に、体重を前に移動させながら、先に踏み出した足の膝関節を徐々に伸ばします。

    坂道を下るときはどうでしょうか?
    片足を踏み出す動作では、足を前に突き出し、膝関節を伸ばしたまま、つま先を上げ、足底部全体が地面に密着するように置きます。次に、残された足にかかっている体重を踏み出した足に移動させますが、このとき、残された足の膝関節を曲げておくと、重心の位置が低くなります。こうすることで、踏み出した足への体重の下方向の移動距離が少なくなります。次に、体重を踏み出した足に移動しながら、その膝関節を曲げていきます。体重移動による膝関節への衝撃を減らせますし、筋肉のケガの予防にもなります。

    登山中に、汗をかくこともできるだけ避けましょう。汗をかくと、脱水によって疲れやすくなるからです。そのためには、衣服は重ね着をし、暑い/寒いと感じたら、早めに脱いだり着たりを繰り返すといいでしょう。面倒がらずに、着ているものを調整することは大事です。いうまでもありませんが、汗をかいたら適切に水分を補給しましょう。

    グループ登山では、体力のある人を先にして、体力のない人を後にすると、体力のない人がオーバーペースになり、疲労しやすくなります。さらに、体力のある人が先に行くと、早く休憩地点について後から来る人をゆっくり待つことができますが、そうすると、体力のない人の休憩時間が少なくなり、さらに疲労しやすくなります。

    こうした事態を避けるために、最も体力の低い人を先頭にして、体力のある人を最後尾にするような一列縦隊の登山をします。メンバーの間に顕著な体力差がない場合は、この歩行方法がいいでしょう。顕著な体力差がある場合は、一緒に登山をすることの是非そのものを検討したうえで、一緒に登る場合は、体力のない人にペースを合わせることが大事です。(後篇は8月11日掲載予定です)

     

    『山に登る前に読む本』
    著:能勢博

    信州大学大学院医学系研究科スポーツ医科学講座教授。一九七九年、京都府立医科大学医学部医学科卒、京都府立医科大学助手、米イェール大学博士研究員、京都府立医科大学助教授などを経て現職。信州大学山岳科学総合研究所・高地医学・スポーツ科学部門長、常念岳診療所長などを歴任。一九八一年に中国・天山山脈の未踏峰・ボゴダ・オーラ峰に医師として同行し、自らも登頂。著書に、『人は山をめざす』(オフィスエム)、『「歩き方を変える」だけで10歳若返る』(主婦と生活社)など。

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