ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

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ディテールを徹底的に精査!

「ちょっと細かい話になるんですけど、いいですか」と海部さんは言った。

「ジャワ原人独特の特殊化というのは、たとえば、こんなところに出ていますね。顎関節のところが凄く不思議な形態になっていくんです。本当にちょっと細かすぎるかもしれないけれど(笑)」

 海部さんが指差したのは、頭蓋の裏(頭蓋底)にある、下顎が関節するくぼみの部分だ。非常に細かい部分で、目を凝らさないとわからない。それでも、形態を見る研究者にとっては気になる部分なのである。

「現代人の顎関節の場合、関節窩(かんせつか)とよばれるこのくぼみの後部は、下方にカーブしているんです。実は、この特徴は古い人類にもみんなあって、ジャワ原人でもサンギランのものにはあります。でも、新しいガンドンのものになると消えちゃうんですよ。だから、やっぱり、細かい話なんだけど、こういうのを見ていくと、ジャワ原人にはサピエンスとは違う方向への進化というのが起きていて、ホモ・サピエンスの祖先とは考えにくいんですね」

図3 前期、中期、後期のジャワ原人頭骨における関節窩のかたちの変化。左の赤線のところのCT画像による断面を右に示している。矢印の部分の骨の構造が変化している

 

 特殊化の指標とされたものはほかにもあるが、かなり専門的になる。
 海部さんは、43の細かな形質に注目したと前回述べた。それらのなかには、「大きさとサイズ」にかかわる全体的な指標のほかに、「前頭骨」「頭頂骨」「側頭骨」「後頭骨」「側頭筋の突起(筋肉の付着部)」「頭蓋底」といった個々の部分についても、細かく見ている。これらは「ちょっと関心がある」程度のアマチュアには追い切れないほどディテールの話だ。

 たとえば、こんなふう。
 ジャワ原人は、ほかの原人と同様に側頭骨の上縁がまっすぐで、これは新しいガンドンの標本でも同じ。ホモ・サピエンスや旧人のように、カーブする方向に変わっていく様子はない。その一方で、眼窩上隆起の外側が時代を追ってだんだん厚くなっていく、頭蓋底の中央部が前後に極端に伸張していく、といったほかの人類には見られない変化が認められる。
 じっくり説明してもらい、かつ、手元に標本(レプリカ)を置いて見比べれば、「なるほど言われてみればそうだ!」と分かる。
 専門家の目というのはまことに鋭いものだと感心することしきりだ。こういった細部、ひとつひとつの議論自体、印象深いのだが、さらにそれらの特徴を考え合わせ、ある程度定量化した議論ができるところまで持ち込んで、総合的に判断するのがサイエンスの醍醐味だ。そして、慎重な検討の末、やはり現生人類とは違う方向へと特殊化しているという結論が導かれた。

 

 この結論は、20世紀と21世紀の境目のころに確立した、ホモ・サピエンスの「アフリカ単一起源説」を支持するものだ。現生人類の共通祖先はアフリカで誕生したというこの説の成立には、形態学だけでなく、DNAを解析する遺伝人類学的な知見も大きく寄与している。さらに、多くの証拠が各方面で積み重なっているので、今後ひっくり返ることはなさそうだ。
 そこに海部さんが積み上げた新たな証拠は、多くの証拠の山の中の一つでありつつ、同時に、かなり重要な知見でもあった。

 というのも、対立仮説であった「多地域進化説」は、思い切りざっくり言うと、東アジアのホモ・エレクトス(北京原人)が東アジア人になり、ジャワ原人がオーストラリアのアボリジニになった、というふうな考え方であり、ひとつの証拠として「ジャワ原人」がよく言及されていた。
「ジャワ原人とアボリジニは似ている」というような形態的な議論をしていた研究者がいたわけで、「ジャワ原人がはたして現生人類の直接の祖先たりえたか?」というのは、重要なポイントだった。海部さんたちの研究によって、その鎖がすっぱりと断ち切られたわけだから、「多地域進化説」は、拠りどころをさらに失う形になったのだ。

 すごく雑な書き方だったかもしれないが、ここまで語って、海部さんがジャワ原人を通じて解き明かしてきた、目下のところ最良の知見を、ある程度は伝えられたと思う。実は、まだ論文になっていない「わかっているけれど、公表されていない」成果はあるわけだが、それも、これまでの問いの延長上にある。

ジャワ原人に残された謎

 今後、ジャワ原人についての解明すべき謎として、海部さんが挙げるのは以下のとおりだ。
・最古のジャワ原人の渡来時期や、多様性。メガントロプス論争は決着するか?
・彼らの身体特徴、行動、文化、生息環境は?
・ジャワ原人の系統進化、北京原人との関係は?
・ジャワ原人と現代人との関係は? 絶滅の理由とその年代は? 現代人との混血はありえたか?
 などなど。

 

 すでに部分的に回答が得られている問いもあるが、その場合も、さらにはっきりとくっきりと、解像度の高い理解を求めていくのかサイエンスだ。
 ぼく個人としては、「行動、文化、生息環境」への興味が強い。これまでの化石の形態学中心の研究ではかなかそこまで行けなかったけれど、海部さんは石器の専門家と考古学的な共同研究にも取り組んでいるので、何年かのちには、楽しい報告が聞けるかもしれない。そうすれば、ぼくはいよいよ、ジャワ原人小説に着手できるかもしれない(笑)。

 ほかにも、メガントロプス論争には決着をつけてほしいし、初期のジャワ原人と最後期のジャワ原人がどれほど違ったか、きちんと裏づけのある復元(想像的復元ではないもの)も見てみたい。  

 北京原人とはどういう関係だったかというのも、興味深い設問だ。同じアジアにいながら、やはり100万年以上も没交渉だったのだろうか。

 そして、現代人との混血問題! 時期的には、ホモ・サピエンスと最後のジャワ原人が共存していた可能性は十分にある。であればはたして、混血が起きたのかどうか? スリリングなテーマだ。こちらは形態だけではなくて、遺伝人類学の力も借りなければならない。いつか、ジャワ原人の化石から、DNAの断片が採取できる日は来るのだろうか。

 すべては今後の探究であり、海部さんは自分自身の専門分野だけでなく、さまざまな分野の研究者と共同戦線を張り、多角的なアプローチで迫っていくことだろう。

 しかし! そんな海部さんの研究に、ひとつの巨大な別案件が転がりこんできた
 ジャワ島ではなく、インドネシアの島弧の中でもっと東にあるフローレス島から、それこそ、これまでの人類学の常識をひっくりかえす超弩級の大発見があったのだ。

 フローレス原人。  ホモ・フロレシエンシス。  通称ホビット。

 2003年にオーストラリアとインドネシアの共同隊によって発見された、この常識はずれの人類は、2004年に『nature』誌で公表され、世界中の度肝を抜いた。
 そして、ジャワ原人における研究成果を見込まれた海部さんは、フローレス原人の研究にも参加することになったのだった。(次回に続く)

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文 川端裕人

かわばた・ひろと 1964年兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。東京大学教養学部卒業。日本テレビ在職中に『クジラを捕って、考えた』を執筆、文筆デビュー。1997年よりフリーランス。小説作品に『銀河のワールドカップ』『星と半月の海』、ノンフィクション作品に『動物園にできること』など多数。最新刊は、一線の宇宙論研究者との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)、駆け出し声優のお仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)、『青い海の宇宙港(春夏篇・秋冬篇)』(早川書房)など。

メールマガジン「秘密基地からハッシン!」(http://yakan-hiko.com/kawabata.html)を配信中。

連載一覧

連載読み物

ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう

〔フローレス篇〕第3回 予想外の人類を研究する。

文 川端裕人

本当に新種の人類なのか?  予想もしない場所に、予想もしない人類がいたことがわかっ...

2017/06/20

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