サンゴ礁からの警鐘 「7割死滅」の次に待ち受けていること

山本智之

「国内最大のサンゴ礁で97%白化、半分以上が死滅」
昨秋、沖縄本島の南西に浮かぶ八重山諸島の美しい海から、悲しく切ないニュースが飛び込んできました。
続報が打たれるたびにこれらの数値は悪化の一途をたどり、ついに70%超ものサンゴが死滅していたことが判明したのです。
「沖縄のサンゴ礁?」
遠く離れた地の、自分とは縁遠い話と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今あの海域で起こっている“大異変”は、四方を海に囲まれた日本の近海に迫りつつある危機の前触れでもあるのです。
数多くの海の生きものたちが生息し、世界中のダイバーたちに愛される海域で、いったい何が起こっているのか。そしてその影響は、日本を取り巻く海洋環境をどう変えていくのか──。
20年におよぶ豊富な潜水取材経験をもつ科学ジャーナリストが、5回にわたって送る精緻なリポート。

上空から望む石西礁湖

第2回 サンゴ──体内に「植物」が同居する不思議な生き物

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「共生」が織りなす世界

 サンゴ礁の海に潜ると、色鮮やかな魚たちが出迎えてくれる。
 チョウチョウウオ類やベラ、ブダイの仲間とともに目を引くのが、クマノミ類の魚だ。たとえば、沖縄県の慶良間諸島では、オレンジ色の「カクレクマノミ」(Amphiprion ocellaris)のほか、赤色の「ハマクマノミ」(Amphiprion frenatus)、ピンク色の「ハナビラクマノミ」(Amphiprion perideraion)など、さまざまな種類のクマノミ類を見ることができる(写真1~3)。
 いずれも、大型のイソギンチャクと「共生」をすることで有名だ。

写真1 カクレクマノミ=慶良間諸島、山本智之撮影

 

写真2 ハマクマノミ=慶良間諸島、山本智之撮影

 

写真3 ハナビラクマノミ=慶良間諸島、山本智之撮影

 

 ただ、サンゴ礁で繰り広げられているのは、こうした目に見える形の共生だけではない。実は、サンゴの体内にも、「褐虫藻(かっちゅうそう)」という微小な単細胞の藻類が共生している(写真4)。

写真4 造礁サンゴに共生する褐虫藻=琉球大学・中野義勝さん提供

 

 褐虫藻は、直径が0.01ミリメートルほど。サンゴの表面積1平方センチメートルあたりで100万個前後も共生しており、光合成によって作り出した栄養をサンゴに与えている。
 一方、褐虫藻にしてみれば、サンゴの体内は外敵に襲われない「安全な家」であり、サンゴの老廃物は褐虫藻にとっての栄養になっている。

 サンゴは、イソギンチャクと同じ「刺胞動物(しほうどうぶつ)」だ。
 サンゴの全遺伝情報(ゲノム)は2011年、日本の研究チームによって世界で初めて解読された。研究チームの佐藤矩行・沖縄科学技術大学院大学教授らは、サンゴの遺伝子データを他の刺胞動物と比較した。その結果、進化の過程でサンゴがイソギンチャクと枝分かれしたのは、今から約5億年前であることがわかった。

 それにしても、「動物」であるサンゴの体内に、「植物」である藻類が共生していると聞くと、なんだか不思議な感じがするのではないだろうか。

「褐虫藻」の正体を突き止めた日本人研究者

 顕微鏡で見ると丸い粒にしか見えない褐虫藻だが、実は、赤潮を起こすプランクトンとして知られる「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」の仲間で、培養すると鞭毛を生やして泳ぎ出す。
 渦鞭毛藻は大発生すると、養殖魚を大量死させる被害を出す。そんな悪名高いプランクトンの仲間が、サンゴの体内でおとなしく暮らしているというのは、意外な事実である。

 このことを発見したのは日本の生物学者、川口四郎博士(1908~2004年)だ。
 1930年に東京帝国大学を卒業。日本学術振興会が戦前の1934年にパラオに開設した「パラオ熱帯生物研究所」でサンゴの研究に取り組み、戦後は岡山大学教授などを務めた。

 この連載を書くにあたり、川口博士のご子息である川口昭彦さん(大学改革支援・学位授与機構名誉教授)に問い合わせをしたところ、琉球大学と東京大学に当時の貴重な研究資料が残っていることがわかった。

「回転し、泳ぎ出した──」

 琉球大学の日高道雄・名誉教授に当時の論文を見せていただいた。
 1942年の『科学南洋』に掲載された日本語の論文には、褐虫藻の正体を解明した経緯が詳しく書かれている。

 川口博士は、代表的な造礁サンゴであるミドリイシ類を細かく割って褐虫藻を取り出し、試験管の培養液に入れて観察した。褐虫藻は海水より比重が大きく、初めは試験管の底に沈殿したという。

 その後の状況について、川口博士は「10時間も過ぎると褐虫藻のあるものが動き始める。器底に着いたまま右廻りにぐるぐると早く廻る」と記している。さらに観察を続けると、培養液の中を泳ぐようになり、拡大して観察すると鞭毛が確認された(図1)。

図1 鞭毛を生やした褐虫藻のスケッチ=『科学南洋』(1942年)掲載の論文から

 

 その独特の形態から、褐虫藻が植物プランクトンの渦鞭毛藻の一種であることを川口博士は見抜いた。そして、「褐虫藻は造礁珊瑚から離れても生活し得ることが判明した」と結論づけている。

 2年後の1944年には、この研究結果を英語の論文で発表し、世界を驚かせた。
 川口博士はほかにも、サンゴの群体の形が光や水流などの環境要因によってどう変わるのかを明らかにしたり、サンゴのもつ色素について研究したりと、さまざまな先駆的な成果を発表している。

 サンゴは、生まれてしばらくは「プラヌラ幼生」として海の中を漂う。そして、海底に定着すると、小さなイソギンチャクのような形状の「ポリプ」に姿を変える。
 造礁サンゴの多くは、このポリプの段階で、海水中に存在する褐虫藻を体内に取り込む。しかし、サンゴの種類によっては、海中を漂うプラヌラ幼生の時期に褐虫藻を親から受け継ぐタイプもあることが知られている。

 川口博士は、褐虫藻が親から受け渡される詳しいしくみについても、1941年の論文で報告している。琉球大学の日高さんは「サンゴ生物学の世界的なパイオニア。その仕事は、外国の若い研究者にも大きな影響を与えた」と証言する。

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山本智之

やまもと・ともゆき

1966年生まれ。朝日新聞科学医療部記者。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年、朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。主な著書に『海洋大異変──日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版、2015年)、『今さら聞けない科学の常識』(講談社ブルーバックス・共著、2008年)など。

連載一覧

連載読み物

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〔フローレス篇〕第5回 誰が祖先なのか?

文 川端裕人

誰が小型化したのか?  2003年、フローレス島で見つかってセンセーション...

2017/08/31

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