サンゴ礁からの警鐘 「7割死滅」の次に待ち受けていること

山本智之

「国内最大のサンゴ礁で97%白化、半分以上が死滅」
昨秋、沖縄本島の南西に浮かぶ八重山諸島の美しい海から、悲しく切ないニュースが飛び込んできました。
続報が打たれるたびにこれらの数値は悪化の一途をたどり、ついに70%超ものサンゴが死滅していたことが判明したのです。
「沖縄のサンゴ礁?」
遠く離れた地の、自分とは縁遠い話と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今あの海域で起こっている“大異変”は、四方を海に囲まれた日本の近海に迫りつつある危機の前触れでもあるのです。
数多くの海の生きものたちが生息し、世界中のダイバーたちに愛される海域で、いったい何が起こっているのか。そしてその影響は、日本を取り巻く海洋環境をどう変えていくのか──。
20年におよぶ豊富な潜水取材経験をもつ科学ジャーナリストが、5回にわたって送る精緻なリポート。

上空から望む石西礁湖

第4回 大量発生する天敵、蔓延する致死性感染症

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「世界同時多発」した白化現象

 サンゴの白化現象が注目を集めるようになったのは、1997~98年に世界中で同時多発したのがきっかけだ。
 オーストラリアのグレートバリアリーフ、インド洋のモルディブ、インドネシア近海など、40ヵ所以上のサンゴ礁で大規模な白化現象が報告された。エルニーニョ現象に伴う海水温の上昇が直接の引き金で、日本でも急速に被害が広がった。

 白化の起こりやすさや進行スピードは、サンゴの種類によって大きく異なる。
 沖縄県の瀬底島では、98年7月上旬に塊状のリュウキュウノウサンゴ(Platygyra ryukyuensis)やシナキクメイシ(Favites chinensis)が白くなり始め、8月中旬にはテーブル状のミドリイシ類も真っ白になった。

 サンゴの白化は、水深1~2メートルの浅瀬を中心に発生することが多い。
 しかし、このときの白化は、浅瀬だけでなく、水深30メートルを超す海底のサンゴにまで広がった。
「こんなにひどい白化は見たことがない」「過去に起きた白化とはまったく別ものだ」──現地を調査した研究者たちは口々に、そう驚きを私に語った。

 石西礁湖のサンゴもこの年、やはり大規模な白化に見舞われている。そして、9年後の2007年、さらに9年後の2016年にふたたび深刻な白化が起き、大量のサンゴが死んだのである。

大量発生する天敵

 実はサンゴにも、「天敵」が存在する。

 オニヒトデ(Acanthaster planci)だ。この天敵の大量発生も、サンゴにとっては大きな脅威となる。石西礁湖では、1980年代にオニヒトデが大発生してサンゴを襲い、生きたサンゴの割合が極端に減った。その被害から回復しつつあった時期に、追い打ちをかけるようにダメージを与えたのが、1998年の大規模白化だった。

 オニヒトデは、十数本の腕をもつ大型のヒトデで、直径は30センチメートル前後。最も大きなものでは60センチメートルにも達する。


 有毒な棘に覆われ、刺されて死んだ人もいる。小さなうちは海藻の仲間(石灰藻類)を食べ、大きくなるとサンゴを好んで食べるようになる。サンゴの軟体部を溶かして吸い取るため、食事の後には真っ白な骨格だけが残される。
 まさしく天敵だ(写真1)。

写真1 サンゴを食べるオニヒトデ=沖縄県・西表島沖、横地洋之さん撮影

 

 夜行性のオニヒトデだが、大発生すると日中もサンゴを襲い、壊滅的な被害を与える。
 オーストラリアでは、海底を覆うサンゴの割合が10分の1以下になるという甚大な被害が出たこともある。このため、石垣島などではオニヒトデを駆除する取り組みが進められている(写真2)。

写真2 サンゴへの被害を防ぐため、捕獲されたオニヒトデ=沖縄県・石垣島、山本智之撮影

 

 気になるのは、オニヒトデの大発生が近年、頻発傾向にあることだ。
 その原因としては、オニヒトデを捕食するホラガイなどが減ったためとする説などもあるが、有力なのは「栄養塩増加説」だ。

 オニヒトデは、生まれて間もない幼生のころは、海中を漂いながら植物プランクトンを食べて成長する(写真3)。沿岸海域に生活排水などが流れ込むと、窒素やリンなどが増えて植物プランクトンが増加し、オニヒトデの幼生が生き残りやすくなる。これが、オニヒトデ大発生の引き金になっていると見られているのだ。

写真3 オニヒトデの幼生(ブラキオラリア初期)。全長は0.9ミリメートル=岡地賢博士提供

 

 オニヒトデがサンゴを襲って食べる──。
 そう聞くと、捕食者と被捕食者という生物同士のありふれた関係しか思い浮かばない。しかし実際には、人間が海を汚したせいでオニヒトデが増え、サンゴが痛めつけられている、という構図が生まれたことが濃厚なのだ。

致死率100%の感染症が蔓延

 サンゴを苦しめる要因は他にもある。
 サンゴに感染してダメージを与えるさまざまな病気もまた、白化現象やオニヒトデの大発生と並ぶ深刻な問題となっている。

 サンゴの病気はかつて、「珍しい現象」であるとされていた。
 1960年代には、サンゴの病気といえば、表面に黒い帯が現れる致死性の感染症「ブラックバンド病」(写真4)ぐらいしか知られていなかった。

写真4 「ブラックバンド病」に冒されたサンゴ=山城秀之・琉球大学教授提供

 

 しかし、1990年代以降、世界各地のサンゴ礁で病気が目立つようになってきた(表1)。
 サンゴの病気は種類、発症数ともに年々増加しつつあり、「ホワイトシンドローム」(写真5)や「ホワイトスポットシンドローム」など、現在は20種類以上が報告されている。

表1 蔓延するさまざまなサンゴの病気

 

写真5 「ホワイトシンドローム」を発症したテーブル状サンゴ=山城秀之・琉球大学教授提供

 

 日本では2000年以降、ホワイトシンドロームやブラックバンド病が目立つようになった。私は沖縄県・慶良間諸島で2007年、ホワイトシンドロームが発生している海域で潜水取材を行ったことがある。

 直径約2メートルの立派なテーブルサンゴの表面に、不気味な白い帯が浮き出ている。この白い帯が病変部で、サンゴの表面を1日に約2センチメートルのペースでじわじわと蝕む。
 発症したサンゴの多くは、数ヵ月で死んでしまう。原因菌はビブリオ属の細菌だ。

 石西礁湖でも多くのサンゴがこの病気で死滅し、2014年には宮崎県のサンゴにも飛び火した。いったんホワイトシンドロームを発症したサンゴは二度と回復せず、感染した群体はすべて死滅してしまう。
 致死率100%だ。

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山本智之

やまもと・ともゆき

1966年生まれ。朝日新聞科学医療部記者。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年、朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。主な著書に『海洋大異変──日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版、2015年)、『今さら聞けない科学の常識』(講談社ブルーバックス・共著、2008年)など。

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