サンゴ礁からの警鐘 「7割死滅」の次に待ち受けていること

山本智之

「国内最大のサンゴ礁で97%白化、半分以上が死滅」
昨秋、沖縄本島の南西に浮かぶ八重山諸島の美しい海から、悲しく切ないニュースが飛び込んできました。
続報が打たれるたびにこれらの数値は悪化の一途をたどり、ついに70%超ものサンゴが死滅していたことが判明したのです。
「沖縄のサンゴ礁?」
遠く離れた地の、自分とは縁遠い話と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今あの海域で起こっている“大異変”は、四方を海に囲まれた日本の近海に迫りつつある危機の前触れでもあるのです。
数多くの海の生きものたちが生息し、世界中のダイバーたちに愛される海域で、いったい何が起こっているのか。そしてその影響は、日本を取り巻く海洋環境をどう変えていくのか──。
20年におよぶ豊富な潜水取材経験をもつ科学ジャーナリストが、5回にわたって送る精緻なリポート。

上空から望む石西礁湖

最終回 北へ逃げるサンゴ──「絶滅」リスクとの攻防

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北限を超えるサンゴ、それを追う天敵

 前回までに見てきたように、沖縄などの南の暖かい海では、高水温に伴うサンゴの白化現象が繰り返し発生している。

 一方、日本列島全体に目を転じると、従来は分布していなかった南方系のサンゴが分布するようになる「サンゴの北上現象」が、本州や九州で近年、相次いで報告されている。まるで、温暖化で熱くなりすぎた南の海から、サンゴが逃げ出そうとしているかのようだ。

 私が初めてサンゴの北上を取材したのは2005年10月、和歌山県串本町でのことだった。
 串本町は紀伊半島の南端にあり、温暖な黒潮の影響を受けやすい。現地で研究を続ける串本海中公園センターの野村恵一さんと一緒にスキューバ潜水し、海底を見て回った。

 巨大なマイタケのような姿のサンゴが、あちこちに生えている。かつては高知県沖が分布の北限とされていた「サオトメシコロサンゴ」(Pavona cactus)だ。海水温が上昇し、串本まで分布が北上したという。

 この海域にはもともと、テーブル状の「クシハダミドリイシ」(Acropora spicifera)が分布している。しかし、南方系のサンゴで高さ30センチメートルほどになる樹木状の「スギノキミドリイシ」(Acropora muricata)が、クシハダミドリイシを押しのけるように群落を拡大していた。
 2007年2月には、従来の北限を超えて「リュウキュウキッカサンゴ」(Echinopora lamellosa)も見つかるなど、「新顔」のサンゴが続々と登場している。

 串本の場合は、サンゴの北上を招く要因として黒潮の流路の影響も考慮しなければならないが、地球温暖化に伴う長期的な影響も指摘されている。串本の海には約120種のサンゴが分布しているが、野村さんの調査によれば、このうち約20種が新たに北上してきた南方系サンゴであるという。

 南方系サンゴが増えて、海底の景色はカラフルで魅力的になった。しかし、喜んでばかりはいられない。サンゴを食べる天敵のオニヒトデもまた、急速に増えてしまったからだ。

伊豆半島の海中で進む「亜熱帯化」

 私は2010年7月に千葉県の館山沖で、2011年10月には静岡県の伊豆半島で国立環境研究所の潜水調査に同行し、サンゴの北上が報告されている海に潜った。

 これらの海域で目立つのは、いずれも「エンタクミドリイシ」(Acropora solitaryensis)というテーブル状のサンゴだ(写真1)。サンゴの北上に伴って、それまで観察されていなかった種類のカニも見つかるなど、生物相の「亜熱帯化」の兆しが見られる。

写真1 分布の北上が報告された「エンタクミドリイシ」=山本智之撮影

 

 伊豆半島の潜水調査で見つかったエンタクミドリイシは、すでに直径が30~45センチメートルに成長していた(写真2)。

写真2 静岡県・田子沖で潜水取材中の筆者(左)とテーブル状サンゴ

 

 多い場所では、海底3メートル四方あたり5株が確認された。1970年代の調査では、分布の記録がまったくなかった種類だ。伊豆半島西部の田子地区沿岸だけで、すでに1000株以上が定着したとみられる。

 現地は、雄大な富士山の姿を臨む景勝地だ(写真3)。
 しかし、その海面下には、テーブルサンゴが生えており、まるで南国のような海中景観が広がっている。

写真3 雄大な富士山のシルエットが浮かぶ西伊豆・田子の海。その水面下には、南国と見まごうような海中景観が広がっている=山本智之撮影

種子島のサンゴが五島列島に出現

 国立環境研究所の山野博哉さんらは、日本の造礁サンゴ約400種のうち、種子島以北に分布する約150種について分析を行った。
 過去80年間の論文や報告書のデータと、国内10海域における潜水調査データをもとに、分布が北上する速度を計算した。

 比較的浅い海底に分布するサンゴで、北上現象が特に目立つのは4種。
 このうち北上ペースが最も速いのは、樹木状サンゴの「スギノキミドリイシ」だ。1988年には種子島が北限だったが、2008年には約280キロメートル北にある五島列島・福江島にまで北上した。

 年間に14キロメートルというハイペースで北上したことになる。国立環境研究所は現在、伊豆や天草など全国の8ヵ所でモニタリング調査を行い、サンゴの分布変化に目を光らせている(図1)。

図1 国立環境研究所が行っているサンゴの定点調査地点

1℃の水温上昇で「越冬」可能に

 気象庁によれば、日本近海の海面水温の年平均値は、過去約100年間に全海域平均で1.07℃上昇している(図2)。

図2 2015年までの過去約100年間の海面水温の上昇(年平均、℃)=気象庁提供

 

 海の生き物の分布は、わずか1℃前後の水温変化でも大きく左右される。サンゴの場合、特に冬場の水温が底上げされたことによる影響が大きい。

 従来であれば、南方系のサンゴは、海流に乗って幼生が北上し、海底に定着したとしても、緯度の高い海域では寒い冬を越すことができず、死滅するのが普通だった。ところが、海水温が上昇したことで生き残りやすくなり、分布が北へ広がりつつあるのだ。

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山本智之

やまもと・ともゆき

1966年生まれ。朝日新聞科学医療部記者。東京学芸大学大学院修士課程修了。1992年、朝日新聞社入社。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。1999年に水産庁の漁業調査船に乗り組み、南極海で潜水取材を実施。2007年には南米ガラパゴス諸島のルポを行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。主な著書に『海洋大異変──日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版、2015年)、『今さら聞けない科学の常識』(講談社ブルーバックス・共著、2008年)など。

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